化学と歴史のネタ帳

身近にひそむ化学と歴史を,高校までの知識をベースに解説する化学史系ブログです.

炎(1):アルカリ金属

炎の中に特定の物質をいれると,鮮やかな色の炎が出現する.そんな炎色反応の実験は,理科の実験でひときわワクワクする実験でした.

アルカリ金属が発する色についてはリアカー無きK村(Li赤 Na黄 K紫)などと語呂合わせして覚えました.


一方,炎色反応の原理についてはあまり詳しいことは習った記憶がありません.大学に入ると,一応アルカリ金属(Li,Na,Kなど)の炎色反応の原理については電子軌道を用いて学びます.しかしアルカリ土類金属やCuについてはほとんど扱われません


なぜでしょうか?


炎色反応の原理について調べてみたところ,思わぬ沼が広がっていたのでここに書き留めておきます.まずは,炎色反応の原理についてアルカリ金属を例にみていきましょう.



炎(1):アルカリ金属
炎(2):アルカリ土類金属,銅
炎(3):炎の温度の計算?
炎(4):ガスバーナーの炎の色
炎(5):ロウソクの炎の色
炎(6):Mgの白色光?
炎(7):ロウソクのはじまり
炎(8):近代的なロウソク
炎(9):天然ガスの発見
炎(10):石炭ガス
炎(11):ガス灯の普及
炎(12):石炭から天然ガスへ
炎(13):ブンゼンバーナー
炎(14):アセチレンの登場
炎(15):アセチレン炎の利用

1.ガスバーナーの炎

そもそも炎の中では何が起きているのでしょうか?


プロパンガスを用いたガスバーナーでは,空気中の酸素と反応してが発生します.

 \mathrm{C_3 H_8(g) + 5O_2(g)  \longrightarrow 3CO_2(g) + 4H_2O(l) \quad \mathit{ \Delta H } = -2221 kJ}


炎の温度は最高で1925℃(2200K前後)に達しますが,当然できた水は蒸発します.
【参考】炎(3):炎の温度の計算?
 \mathrm{H_2 O (l) \longrightarrow H_2 O (g) \quad \mathit{ \Delta H } = +44 kJ}


結果として,プロパン1 molあたり2221-4×44=2045 kJの熱が発生します.

 \mathrm{C_3 H_8(g) + 5O_2(g)  \longrightarrow 3CO_2(g) + 4H_2 O(g) \quad \mathit{ \Delta H } = -2045 kJ}


この他に,1900℃前後では以下の反応が起きていると考えられます.

 \mathrm{2CO_2 \rightleftharpoons 2CO + O_2}
 \mathrm{2H_2 O \rightleftharpoons 2OH + H_2}
 \mathrm{2H_2 O \rightleftharpoons 2H_2 + O_2}


一方で,O2やH2, N2の解離はほぼ生じていません.


したがって,炎中にはN2, O2, H2O, CO, CO2, H2, OHが主に存在しています.

2.アルカリ金属の炎色反応

それでは,アルカリ金属の炎中での反応をみていきましょう.


例えば食塩(NaCl)の水溶液を白金線の先につけ,バーナーの炎に差し入れてます。

炎の中は大変熱く,白金線につけた食塩水が蒸発し,NaClの小さな結晶粒子が生じます.この粒子はさらに熱分解して数分子となります.

NaClは熱で分解されやすく,炎中では中性のNa原子Cl原子へと解離します(原子化).


そのうち,炎の熱によってNa原子中の最外殻の電子がもともといた基底状態から励起状態へと押し上げられるものがでてきます.

励起された電子は不安定な状態で,やがて基底状態にもどります.このとき励起状態基底状態の差に対応するエネルギーを光として一緒に放出するので,これが炎色反応の光として確認できます.


Naの場合はD線と呼ばれる大変有名な589 nm589.6 nm黄色の光を2つ放出します*1.これは励起状態から基底状態へ戻る主な過程が2つ存在していることによります(ともに3p→3s).

以降,グラフは手書きなので正確ではありません.

他のアルカリ金属についても,おおよそ同様の原理で炎色反応を示します.Liは670.8 nmの赤色 (2p→2s) の光を発します.

ペタル石 By Eurico Zimbres, CC BY-SA 2.5, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=1260575

Liの炎色反応は,ペタル石LiAlSi4O10からさまざまなLi化合物を生成したChristian Gottlob Gmelin (1792-1860)が1818年に発見しています.


炎中にはOHがありますので,LiOHNaOHKOHCsOHなどが形成される可能性もあります.その際に光を発するようで,これは300 nm付近から400 nmをピークとして可視光の幅広い波長帯に連続光が検出される場合があります.

 \mathrm{ M + OH \longrightarrow MOH + \textit{h}\nu}

3.カリウムは紫色?

Kは404.4 nmや404.7 nm付近の紫色の光(5p→4s)を発するので,炎色反応は紫色とおぼえます.


しかし,実はこれよりも100倍近く強い光が766.5 nmや769.9 nm付近にあります (4p→4s).条件によっては,1700倍も強くなる場合があります.

Rbも420.2 nm (6p→5s)よりもはるかに強い光が780 nm (5p→5s)にありますが,これも紫色に見えます.


なぜでしょうか?


ヒントは人間の目のしくみにあります.


人間の目には色を認識する3種類の錐体があり,感度はそれぞれ以下のグラフのようになります.

Smith and Pokornyの錐体の分光感度曲線*2

例えば580 nmの光はM錐体とL錐体によって認識され,黄色に見えます.これは光の三原色の話できいたことがあるのではないでしょうか?


グラフから,700 nm以上の光はL錐体でも感度がとても低いことがわかります.一方で,404 nmや420 nmは問題なく見ることができます.

だからK,Rbは紫色にみえるのですね.


もっとも,Kの場合は766.5 nmや769.9 nmの光があまりにも強いため少しだけ赤色として認識され,若干赤みがかった紫色に見えます.本によってはKが「赤紫」とされているのは,そのためです.


カリウムの炎色反応は,硝石KNO3の確認にも使われました.炎色反応であれば,似た物質であるNaNO3と区別できるので便利ですね.
【参考】黒色火薬の歴史(2):硝石

Andreas Sigismund Marggraf (1709-1782)

西洋では1762年にAndreas Sigismund Marggraf (1709-1782)が,KNO3とNaNO3の炎色反応の違いについて触れています.炎色反応そのものは16世紀にGeorgius Agricola (1494-1555) が言及していたり,1752年にThomas Melvill (1726-1753) も触れていますが,アルカリ金属の炎色の違いという意味ではMarggrafの報告が重要であることは間違いないでしょう.


日本では,1803-1806年に出版された『重訂本草綱目啓蒙』に炎色による硝石の区別の方法が書かれています.


4.まざっていたらどうなる?

これまでみてきたのは,アルカリ金属の塩を一種類だけ炎に入れた場合です.混ぜていれたらどうなるのでしょうか?


実はNaの炎色反応は大変強く,微量でもまぶしいくらい明るい黄色の炎が得られます.一方で,KやLiの色はそれと比べると薄いので,ナトリウムの黄色にかきけされてしまいます.


このような場合,KやLiの炎色を確認するには工夫が必要です.

Robert Wilhelm Bunsen (1811-1899)

炎色反応の研究を大きく進めたRobert Wilhelm Bunsen (1811-1899) のもとで学んでいたRowlandson Cartmellは現代風に言うとカラーフィルターを使いました.



例えばインディゴブルーの溶液*3を用いると,Naの炎色 (589 nm) はほぼ吸収されて見えなくなります.そうすることで,LiやKの炎色だけを確認することができました.

コバルトガラス CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=238149

また,濃い青色のコバルトガラスを用いるとNaとLiの炎色が吸収され,Kの炎色だけを確認することができました.NaがKの200倍含まれていても確認できたというのですからすごいですね.こうした成果は1858年に報告されました.


のちに,Bunsenはこうした工夫について同僚のGustav Robert Kirchhoff (1824-1887) と散歩中に話したところ,もっといいアイデアがあるよとアドバイスを受けます.その話は別の回で紹介しましょう.
【参考】炎(13):ブンゼンバーナー

5.おわりに

以上がアルカリ金属の炎色反応の原理です.このような炎色反応は,花火に使われることもあります.
【参考】花火のしくみ(2):花火の色


アルカリ金属では,炎中で生じうる水酸化物などの化合物は熱で分解し中性原子が生じ,またその光も強いので比較的シンプルでしたが,アルカリ土類金属やCuなどは様子がまったく違います.それは,酸化物や水酸化物が炎中で分解しづらく,それらの光が支配的なためです.


次の記事では,これらの金属の炎色反応をみていきましょう.


問題

Q.  \mathrm{2CO_2\longrightarrow2CO + O_2}の反応で生じる熱はCO2 1 molあたり何kJか?
ただし,C (黒鉛) から二酸化炭素の生成熱は394 kJ,一酸化炭素の生成熱は111 kJとする.


A. 求める熱量をQ kJとして,

 \mathrm{\displaystyle{\begin{align}C O_2 (g)  &\longrightarrow CO (g) + \frac{1}{2} O_2 (g) \quad \mathit{ \Delta H } = - \textit{Q }  kJ \tag{1} \\ \\ C(gra) + O_2(g)  &\longrightarrow CO_2(g) \quad \mathit{ \Delta H } = -394  kJ \tag{2} \\ \\ C(g) + \frac{1}{2} O_2(g)  &\longrightarrow CO (g) \quad \mathit{ \Delta H } = - 111  kJ \tag{3} \end{align}}}


式(2), (3) より, \mathrm{ \textit{Q} = 111-394 = -283  kJ}.
吸熱反応ですので,炎の温度が高くなるほど反応が進行します.


ちなみに(g)や(gra),(気)や(黒鉛)などの表記は解答時に忘れやすいですが,採点者側からは自信を持って減点しやすいポイントです.忘れないようにしましょう.

参考文献

"Flame Spectroscopy" Mavrodineanu, R. and Boiteux, H. (1965).
“Color Values and Spectra of the Principal Emitters in Colored Flames.” Meyerriecks, W. and Kenneth L. Kosanke (2012).
"History of Analytical Chemistry" F. Szabadvary (1966).
"A History of Chemistry" J.R. Partington (1962).
"XXXVI. On a photochemical method of recognizing the non-volatile alkalies and alkaline earths" R. Cartmell, The London, Edinburgh, and Dublin Philosophical Magazine and Journal of Science, 16, 328-333 (1858).
『最新の分離・精製・検出法』梅澤喜夫, 沢田嗣郎 (1997).
『化学の新研究』卜部吉庸 (2019).
『化學史談 III ブンゼンの八十八年』山岡望,内田老鶴圃 (1954).
『化學史談 IV ブンゼンの八十八夜』山岡望,内田老鶴圃 (1955).
テレビジョン学会誌,Vol 47., No.1 pp.68-76 (1993).
板垣 英治『硝石の舎蜜学と技術史』Annual report of the Center for Archaeological Research, The University of Kanazawa, 8, 19-58, (2006).


目次 - 化学と歴史のネタ帳

*1:分解能によっては1つにみえます

*2:XYZ表色系の等色関数とは異なります.

*3:Cartmellはアルカリ土類金属の炎色反応についても薄いインディゴブルーの溶液を使うことで区別できると言っていますが,どちらかというと色の違いがわかりやすくなるだけでどれかを吸収して見やすくするといった類いのものではないようです.