化学と歴史のネタ帳

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花火のしくみ(1):花火の燃焼

高校生のとき,「花火の色は,炎色反応で説明できるんだよ」と先生から言われた記憶があります.

その当時,自分は「へ~,そうなんだ」と思ってそれ以上調べることはありませんでした.今になって調べてみると意外と奥が深かったので,数回にわたって花火についてまとめてみようと思います.


今回はまず,花火の燃焼について,しくみをみていきたいと思います.




花火のしくみ(1):花火の燃焼
花火のしくみ(2):花火の色
花火のしくみ(3):線香花火
花火のしくみ(4):フラッシュ,スパーク
花火のしくみ(5):点滅花火
花火のしくみ(6):笛音
花火のしくみ(7):開発音,雷音,パチパチ音
花火のしくみ(8):煙
花火のしくみ(9):蛇玉の歴史
【参考】黒色火薬の歴史(1):火薬と花火

1.酸化剤

花火を酸化還元反応としてとらえると,花火の原料は可燃剤,酸化剤,不活性物質の3種類に分類できます.

可燃剤は,例えば黒鉛(C)やマグナリウム粉末(Mg 5%,Al 95%),フェノールレジン(C13H12O2)などがあります.これらは酸素と反応しやすく,発熱量が多いという特徴があります.


燃焼熱は物質によって全然違うので,ほしい燃焼温度にあわせて配合を調節する必要があります.


酸化剤KClO3,KClO4,KNO3,Ba(NO3)2などがあります.これらは燃焼反応において酸素を放出しやすいという特徴があります.


酸素を放出しやすいかどうかは分解熱が参考になります.一般に,分解に必要な熱量が少ないほど酸素を放出しやすくなります

酸化剤 分解熱 (kJ/mol)
KClO3 -44.3
KClO4 -2.84
KNO3 316
Ba(NO3)2 435

上の表から,KClO3は酸素をとても放出しやすいということがわかります.


一方でKClO3は取り扱いが難しく爆発事故の危険があることから,KClO4の使用が推奨されています.

2.酸素バランス

可燃剤と酸化剤を配合するとき,酸素バランスとよばれる量を計算します*1


酸素バランスがゼロに近いと着火しやすく燃焼速度の速い,燃焼性能の良い花火になります.一方,酸素バランスがの場合はNONO2が発生しやすく,の場合はCOが発生しやすくなります.


酸素バランスは物質の質量Mと,放出する,もしくは燃焼で消費される酸素の質量Moxygenを用いて下記のように表されます.
 \displaystyle{OB = \frac{M_{oxygen}}{M} }

放出する場合はプラス,燃焼で消費される場合はマイナスになります.


例えば可燃剤のMg(分子量24.3)は,化学反応式が下の通りになりますので,
 \mathrm { Mg + \frac{1}{2}O_2 \longrightarrow MgO}
燃焼で消費される酸素の質量は,
 \displaystyle { - \frac{1}{2} \times 32 = -16}
で,Mgの酸素バランスは,
 \displaystyle{ OB_{Mg} = \frac{-16}{24.3} = -0.658}
となります.


一方,酸化剤のKClO4(分子量138.5)は,
 \mathrm{KClO_4 \longrightarrow KCl + 2O_2 }
で,酸素バランスは以下のようになります.
 \displaystyle { OB_{KClO_4} = \frac{2 \times 32}{138.5}= 0.462}


ここで,例えばMgを41.2%,KClO4を58.8%混ぜると,全体の酸素バランスは以下のようになります.
 \displaystyle { OB_{total} = OB_{Mg}\times 0.412 + OB_{KClO_4} \times 0.588 = 0.00056}

この場合,全体の酸素バランスは0に非常に近いので,燃焼性能がとても良いことがわかります.


なお,この配合比は化学反応式から直接求めることができます.


MgとKClO4の反応式は,以下のようになります.
 \mathrm{ 4Mg + KClO_4 \longrightarrow 4MgO + KCl }

混合物の総質量は \displaystyle{4 \times 24.3 + 138.5 = 97.2 + 138.5 = 235.7 \rm{g}}と計算できます.


したがって,理想的な配合におけるMg,KClO4の割合は,
 \mathrm{Mgの配合比 = 97.2/235.7 = 41.2\%}
 \mathrm{KClO_4の配合比 = 138.5/235.7 = 58.8 \%}
となります.

3.黒色火薬と線香花火

もうひとつ例をみてみましょう.


黒色火薬は中国で発明された伝統的な火薬で,完全燃焼したとして単純化すると以下のように表されます.*2
 \mathrm{2KNO_3 + 3C + S \longrightarrow K_2 S + N_2 + 3CO_2}
【参考】黒色火薬の歴史(1):火薬と花火


混合物は \mathrm{2\times101.1 + 3 \times 12.0 + 1 \times 32.1 = 270.3 \rm g }ですから,理想的な配合比は,
 \mathrm{KNO_3の配合比 = 202.2/270.3 = 74.8\%}
 \mathrm{Cの配合比 = 138.5/270.3 = 13.3 \%}
 \mathrm{Sの配合比 = 97.2/270.3 = 11.9\%}
となります.


打ち上げ花火に使われる黒色火薬はKNO3 75%,C 15%,S 10%ですから理想的な配合比に近く,酸素バランスは,
 \displaystyle{ OB = 0.396\times0.75 + (-2.667)\times 0.15 + 0.498 \times 0.1 = -0.053}
となり,0に近いことがわかります*3


一方で,線香花火はKNO3 55%,C 20%,S 25%で,酸素バランスは以下のようになります.
 \displaystyle{ OB = 0.396\times0.55 + (-2.667)\times 0.2 + 0.498 \times 0.25 = -0.191}
【参考】花火のしくみ(3):線香花火


したがって,燃焼速度が遅く,酸素バランスが負ですのでCOなどが発生しやすくなります.この燃焼特性が,じんわり燃える不思議な火花をつくりだすことになります.

4.まとめ

酸素バランスという量を計算することで,燃焼特性を予想できることがわかりました.一方で,計算に基づいて設計したものが実用的かどうかは,実際に実験で試す必要があります.


酸化剤と可燃剤を適切に選択することで,燃焼速度や燃焼温度をコントロールすることができます.これにより,花火に色をつけたり,光る時間を変えたりできるようになりました.
【参考】花火のしくみ(2):花火の色
【参考】花火のしくみ(4):フラッシュ,スパーク


ちなみに配合する酸化剤については,爆発の危険性や環境汚染について考慮する必要があります.環境汚染については花火の燃焼で適切に消費されれば問題ありませんが,最近ではKClO4のかわりに生体毒性の少ないKIO4を使う動きもあるようです.


次回は花火の色がどのように作られているか見てみましょう.

問題

Q.酸素バランスは化学式に基づいて計算することができる.
nを元素の原子数,Aを原子量,βを元素の酸素バランス係数とすると,酸素バランスは以下のように表される.
 \displaystyle{ OB = \frac{ \frac{1}{2} \sum n_i \beta_i}{\sum n_i A_i} \times 酸素原子量}

βK=-1,βN=0,βO=2,βS=2として,KNO3およびSの酸素バランスを求めよ.


A.計算式より,
 \displaystyle{ OB_{KNO_3} = \frac{ \frac{1}{2} \cdot (-1\times 1 + 0 \times 1 + 2 \times 3 )}{39.1 + 14.0 + 3 \times 16.0} \times 16.0 = 0.396}
 \displaystyle{ OB_S = \frac{ \frac{1}{2} \cdot(2 \times 1)}{32.1} \times 16.0 = 0.498}
なお,酸素バランス係数は最も安定な化合物における酸化数の正負を逆にすると得られます.

参考文献

『花火の科学と技術』丁 大玉,吉田 忠雄 著,プレアデス出版 (2013).
"Chemistry of Pyrotechnics: Basic Principles and Theory" Mocella, C., Conkling, J.A. (2019).



目次 - 化学と歴史のネタ帳

*1:酸化数をもとに考えるPyro valenceもありますが,ちょうど正負が逆になります

*2:本来はもっと複雑です

*3:各々の酸素バランスについては練習問題で触れる,化学式から求める方法で計算します.