化学と歴史のネタ帳

身近にひそむ化学と歴史を,高校までの知識をベースに解説する化学史系ブログです.

花火のしくみ(3):線香花火

線香花火は燃え方がだんだん変わる,不思議な花火です.


燃え方にはそれぞれ名前がついています.

火をつけるとやがてオレンジ色の火球ができ(),やがて火花が飛び出し(牡丹),多くの火花が四方八方に飛び出します(松葉).やがて火花の勢いは衰えだんだんと消えていきます(散り菊).


線香花火の開発は,江戸時代の寛文年間(1661-1673年)にさかのぼります.以来,日本では夏の風物詩として広く親しまれてきました.


線香花火のしくみについては,日本では寺田寅彦(1878-1935),ヨーロッパではAugust Wilhelm von Hofmann(1818-1892)らを魅了してきました.現在でも諸先生方によって研究が続けられています.


原理についてはまだわかっていないことも多いようですが,現在提案されている仮説を紹介したいと思います.




花火のしくみ(1):花火の燃焼
花火のしくみ(2):花火の色
花火のしくみ(3):線香花火
花火のしくみ(4):フラッシュ,スパーク
花火のしくみ(5):点滅花火
花火のしくみ(6):笛音
花火のしくみ(7):開発音,雷音,パチパチ音
花火のしくみ(8):煙
花火のしくみ(9):蛇玉の歴史
【参考】黒色火薬の歴史(1):火薬と花火

1.火球の化学反応

線香花火の火薬は黒色火薬と同等ですが,酸素バランスがマイナスになっています.したがって,火をつけるとCOも生成します.


化学反応式は以下の通りです.
 \mathrm{ 4KNO_3 + 7C + S \longrightarrow 3CO_2 + 3CO + 2N_2 + K_2 CO_3 + K_2 S}

点火後はこの反応によりKNO3がほぼ消費されます.
【参考】黒色火薬の歴史(1):火薬と花火


火球中に生成したK2CO3は,硫黄と反応します*1
 \mathrm{ 8K_2CO_3 + (3 \textit{n}+1) S_2 \longrightarrow 6K_2S_{\textit{n}} + 2K_2SO_4 + 8CO_2 \quad (\textit{n} = 2,3)}
 \mathrm{ 4K_2SO_4 + 7C  \longrightarrow 2K_2CO_3 + 2K_2S_2 + 5CO_2}


この結果生じた硫肝K2Sn(n = 2, 3)が火球の主成分となります.硫肝は酸素を吸収することもあり,空気の熱対流により内部まで酸化反応が進行します.


結果として,火球には未反応の炭素に加え,生成物のK2S,K2S2,K2S3,K2CO3,K2SO4が含まれています.

2.火球の温度

KNO3が炭素や硫黄と反応することで,温度は約850℃まで上昇し,火球が形成されます.


火球に含まれる物質の融点・沸点は以下の通りです.

物質 融点(℃) 沸点(℃)
C 3642(昇華) -
K2S2 471 N/A*
K2S3 252 N/A*
K2CO3 891 (分解)
K2S 840 912(分解)
K2SO4 1069 1689

*沸点情報なし

火球が形成されるの段階では,火球の上端はK2Sの融点である840-850℃です.
下端にいくにしたがい温度は上昇しK2CO3の融点である約890℃に達します.この段階ではK2Sが主に融解しています.


下端のほうが熱いのは,火球の周りの空気が温められて下から上へと流れており,下端に酸素が供給され酸化反応による熱が発生するからだと考えられます.


火花が四方八方に飛び出す松葉の段階では火球全体は約870℃に熱せられます.その後,火花の勢いが衰える散り菊の段階では火球全体がK2CO3の融点である約890℃になります*2


このように,線香花火の段階が牡丹,松葉と進むにつれて固体のK2Sが融解していき,なくなったところでK2CO3の融解が支配的な散り菊の段階になります.


結果として,火球の液体の部分にはK2Snのほか,融解したK2S,K2CO3が含まれることになります.火球の温度や粘土,密度によって火球の大きさが決まります*3

3.火花の発生

火花はどのように発生するのでしょうか?
まず,牡丹松葉の段階から見ていきましょう.

火球表面には,CO2気泡がたくさんあります.これがはじけるとき,パチパチという音とともに火球の一部が火弾として飛び出します.ちょうど,シャンパンの水面で気泡がはじけてパチパチ飛び出すのと同じです.


飛び出した火弾表面では,酸化反応が引き続き進み,が発生します.


火弾は飛び出した直後は870-920℃で,熱発生により1000℃近くまで緩やかに加熱されます.このとき,固体のK2CO3が融解し,さらに(おそらく)分解によってCO2が発生していると考えられます.*4結果として,火弾の内部でふたたびCO2の気泡が発生します.
 \mathrm{K_2 CO_3 \longrightarrow K_2 O + CO_2}

気泡が急膨張すると火弾が耐えきれず分裂します.これを連鎖的に繰り返すことで,たくさん枝分かれした火花が生じます.


散り菊の段階ではどうでしょうか?


火球の温度は既にK2CO3の融点である約890℃に達しています.火球表面の酸化反応により火弾は加熱されますが,一方で火弾中にはほとんどK2CO3が残っていないと考えられます.そのため,気泡はあまり発生しません

結果として,火弾は分裂しないままやがて冷却されて失火し,あまり枝分かれのしない火花となります.

4.まとめ

線香花火のくわしい原理についてはまだわかっていないことも多いようですが,科学者を長年にわたって魅了してきたのも納得ですね.


最近では高速撮影技術によって,線香花火が火弾を出す様子を直接観察することができるようになりました.
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次回はフラッシュやスパークなど白い閃光を放つ花火などの仕組みを見てみましょう.

問題

Q.松葉における火弾に比べ,散り菊において890℃以上で飛び出した火弾は急激に加熱される.なぜだと考えられるか?


A.松葉において飛び出した火弾では燃焼熱が火弾内の固体のK2CO3の融解につかわれる一方,散り菊において890℃以上で飛び出した火弾には固体のK2CO3が含まれておらず,燃焼熱がそのまま火弾の加熱につかわれるから.

火弾の温度はK2SO4の融点であ約1070℃に達し,その後放熱などで冷却されます.


参考文献

伊藤 秀明, 宮本 正彦, 線香花火の簡単な作り方 : 石墨微結晶と線香花火(<特集>おもしろ化学実験 30), 化学と教育, 1991, 39 巻, 2 号, p. 130-132
伊藤 秀明, 線香花火の実験的考察 : 溶融 K_2Sn 中の石墨微結晶の構造的酸化反応, 化学と教育, 1991, 39 巻, 6 号, p. 682-685
井上 智博, 線香花火の高速度可視化計測, 可視化情報学会誌, 2015, 35 巻, 137 号, p. 8-1
井上 智博, 線香花火研究の最前線, 日本燃焼学会誌, 2018, 60 巻, 193 号, p. 156-162
A. Reisman, Reactions of the Group VB pentoxides with alkali oxides and carbonates. IX. A DTA study of alkali metal carbonates, J. Am. Chem. Soc. 80 (1958) 3558-3561.



目次 - 化学と歴史のネタ帳

*1:硫黄は720℃以上に加熱することで,二硫黄S2を生成します

*2:この区分は,「線香花火の高速度可視化計測」におけるStage 4としました

*3:KNO3のかわりにNaNO3をつかうとNa2Snを主成分とする高温かつ粘度・密度の低い火球が生じるため,火球が1 cm近くの大きさになることもあります

*4:融点以上の温度ではK2CO3の分解が無視できなくなります