化学と歴史のネタ帳

身近にひそむ化学と歴史を,高校までの知識をベースに解説する化学史系ブログです.

花火のしくみ(5):点滅花火

花火大会では,点滅する光り方をする変わった花火もよくみられます.


一体どのようなしくみなのでしょうか?


点滅花火のしくみは,ここ100年ほど科学者を悩ませています.まだ決定的なモデルはできていませんが,有力かな?と思われる説を紹介したいと思います.




花火のしくみ(1):花火の燃焼
花火のしくみ(2):花火の色
花火のしくみ(3):線香花火
花火のしくみ(4):フラッシュ,スパーク
花火のしくみ(5):点滅花火
花火のしくみ(6):笛音
花火のしくみ(7):開発音,雷音,パチパチ音
花火のしくみ(8):煙
花火のしくみ(9):蛇玉の歴史
【参考】黒色火薬の歴史(1):火薬と花火

1.点滅花火の開発

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点滅花火の火薬について,はじめて記載があるのは1898年です.


イギリスで“Orion Flashing Guns”と呼ばれた火薬で使われていたのは,BaNO3,Mg,Al,硫黄でした.第一次,第二次大戦中も研究は続けられ,1960年代にはロシアで色のついた点滅花火が開発されました.


日本で点滅花火が登場するのは,1961年の花火大会です.
1967年には細谷火工株式会社でBaNO3のかわりにNH4ClO4をつかった配合が開発されました.


点滅花火につかわれる火薬には,以下のような組み合わせがあります.

材料 点滅間隔(秒)
NH4ClO4, BaSO4, Mg/Al,K2Cr2O7 0.1
NH4ClO4, BaSO4, Mg,K2Cr2O7 0.3
NH4ClO4, Na2SO4, Mg,K2Cr2O7 0.3
NH4ClO4, SrSO4, Mg/Al,K2Cr2O7 0.3

1992年にはアメリカで青色の点滅花火も開発されました.


一見すると普通の火薬組成に見えますね.
どうやって点滅光が生じるのでしょうか?

2.点滅光のしくみ

しくみについてはこれまでに様々な研究があります.


1970-1980年代の研究により,点滅光は"明"反応"暗"反応の繰り返しによって生じていることが確認されてきました.

"暗"反応ではゆっくりと温度が上昇し,そして温度などの条件が揃うと,光を放出する"明"反応が急激に進行し,再び"暗"反応に戻ります.


この繰り返し反応のしくみについて,様々なモデルが提唱されていますが,2021年12月時点ではまだ決定打はないようです.


とはいえ何も紹介しないのも勿体ないので,ここでは2013年にCCDカメラを活用して実際に燃えている様子を解析したCorbelらの説を紹介しましょう.


まず,NH4ClO4Mgの組み合わせで考えましょう.

はじめに,酸化剤であるNH4ClO4が熱で分解します.実際の割合に基づいた化学反応式はかなり複雑ですが,結果としてO2が放出されます.
 \mathrm{10 NH_4ClO_4 \longrightarrow 2.5 Cl_2 + 2N_2O + 2.5 NOCl + HClO_4 + 1.5HCl + 18.75H_2O +1.75 N_2 + 6.38 O_2}


同じく熱により気化したMgは,空中でO2急激に反応します.
 \mathrm{2Mg +O_2 \longrightarrow 2MgO}

そして生成した高温のMgO白色光を放出します("明"反応).


気化したMgが消費されると光がおさまります.その間,徐々に熱によってMgが気化します("暗"反応).

そして気化したMgがある程度たまってくると,再び酸素と急激に反応する"明"反応が再び引き起こされ,これを繰り返します.この気化と酸化のズレは,Mgの酸化が速く,Mgの気化が遅いからだと考えられます.


Mgのかわりにマグナリウム(Mg/Al)が用いられた場合,マグナリウムが熱によりAlとMgに分解し,そのあとMgが気化します.マグナリウムの熱分解で熱がすこしつかわれるためMgの気化が遅くなり,結果として点滅の間隔が長くなると考えられています.実際,マグネシウムだと14ミリ秒間隔の点滅だったのがマグナリウムだと21ミリ秒間隔に遅くなります.


BaSO4が加えられるとさらに間隔が長くなります.
点滅は210ミリ秒,つまり0.2秒間隔まで遅くなります.


遅くなる理由としては熱がBaSO4熱分解などにつかわれるからだと考えられます.
 \mathrm{2BaSO_4 \longrightarrow 2BaO + 2SO_2 + O_2}


K2Cr2O7が加えられると,さらに点滅の間隔が長くなります.5%加えるだけで,0.6秒間隔になる配合もあります.こちらについても,熱がK2Cr2O7熱分解につかわれるからだと考えられます.
 \mathrm{4K_2Cr_2O_7 \longrightarrow 4K_2CrO_4 + 2Cr_2O_3 + 3O_2}*1

他にも振動燃焼の触媒としてはたらいている可能性もあります.


これから研究が進むと,もっと複雑な点滅光がみられるかもしれませんね!

4.まとめ

さて,既に説明したように,まだこのモデルで確定!というわけではないようです.今後の研究に期待ですね.


近年は点滅光の色だけでなく,点滅間隔の制御研究も進んでいます.中には1分に1回しか光らない,すごーいゆっくりな点滅光も開発されています.さすがにそのままでは花火には使われないと思いますが,いろんな色,いろんな点滅間隔の花火が将来みられるかもしれません.


点滅光は,花火の玉名に「点滅」が入るはずですので,ぜひチェックしてみてくださいね.


次回は花火が打ち上がる時の笛音について見てみましょう.


問題

Q.1970年代,Kroneは点滅光を発した火薬を冷やしたサンプルを解析し,”暗”反応ではMgのみが酸化し,Alは酸化しないと主張した.
後年,実際はAlも酸化していたが,火薬を冷やす過程でAlへと還元されたのではないかと指摘された.
反応式を用いて,Alの還元がサンプル中でどのように起きるか説明せよ.


A.火薬中にはAlよりイオン化傾向の高い未反応のMgがあるため,下記反応式のようにMgによりAl2O3が還元されたと考えられる.
 \mathrm{3Mg + Al_2 O_3 \longrightarrow 3MgO + 2Al}


参考文献

『花火の科学と技術』丁 大玉,吉田 忠雄 著,プレアデス出版 (2013).
『花火の話』清水 武夫 著,河出書房新社 (1976).
"Chemistry of Pyrotechnics: Basic Principles and Theory" Mocella, C., Conkling, J.A. (2019).
"Chemistry of Fireworks" Russell, M.S. (2009).
"Study of a classical strobe composition" Corbel, J.M.L., Propellants, Explosives, Pyrotechnics, 38, 634-643 (2013).
“Pyrotechnic Strobe Compositions: an Overview” Verbovytskyy, Y., Propellants, Explosives, Pyrotechnics, 46 (2021).



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*1:K2Cr2O7の代表的な熱分解として知られる一例です.