化学と歴史のネタ帳

身近にひそむ化学と歴史を,高校までの知識をベースに解説する化学史系ブログです.

花火のしくみ(7):開発音,雷音,パチパチ音

打ち上げ花火では,最後に「ドカーン!!!」という開発音とともに花火が大きく開きます.

また,打ち上げ花火の中には,雷音をだすことに特化した音花火と呼ばれるものがあります.花火大会でも,連続で花火が打ち上がるなか,音花火が打ち上がったりもしますね.


その他に,英語ではDragon's eggともよばれる,パチパチ弾けるような音がする花火もあります.
Fireworks Effects - Crackle - YouTube


今回は,笛音に引き続き,化学で音を発生させるしくみを見ていきましょう.




花火のしくみ(1):花火の燃焼
花火のしくみ(2):花火の色
花火のしくみ(3):線香花火
花火のしくみ(4):フラッシュ,スパーク
花火のしくみ(5):点滅花火
花火のしくみ(6):笛音
花火のしくみ(7):開発音,雷音,パチパチ音
花火のしくみ(8):煙
花火のしくみ(9):蛇玉の歴史
【参考】黒色火薬の歴史(1):火薬と花火

1.開発音のしくみ

打ち上げられた花火玉が頂点に達すると,導火線により割薬に火がつき,爆発的に燃焼します.割薬として用いられるのは主にKClO4,KNO3,木炭,そして若干の硫黄などです.これらはすべて固体です.

酸化剤であるKClO4,KNO3により木炭や硫黄が燃焼するものと考えられますが,詳細な反応はわかっていません.下の黒色火薬の化学反応式を参考にしますと,左辺はすべて固体ですが,右辺にはCO2CON2などの気体が発生していますね.
 \mathrm{4KNO_3 + 7C + S \longrightarrow 3CO_2 + 3CO + 2N_2 + 2K_2CO_3 + K_2 S}

これにより,一気に体積が増えて外へ広がろうとします.


例えばKNO3(分子量101.103)の密度は2.111 g cm-3ですから,1 molのKNO3から0.5 molのN2が生じたと考えると,

 \mathrm{KNO_3(固体)の体積=101.103 \div 2.111 \times 10^{-3}=0.0479 \ L}
 \mathrm{N_2(気体)の体積=22.4 \times 0.5 = 11.2 \ L}

となり, 体積が約230倍になることがわかります.


こうして燃焼で生成したガスによってたまの内部圧力が急速に上昇し,わずか数ミリ秒の間に最大圧力に達します.そうすると,玉皮がこの圧力に耐えきれずに開き(開発),高温高圧のガスが瞬時に空中へ開放されます.このとき,衝撃波が発生します.これが開発音の正体です.


ドカンと一発花開く尺玉では103Paほどに達し,音の大きさはピーク時で134dBにもなります.飛行機のエンジン近くが120dB前後ですから,相当な音の大きさですね.


ちなみに開発音は割薬が多いほうが低い音 (15-150 Hz) にパワーが集中するようです.結果として,大きい花火ほど全身に響く「ドカーン!!!」という音が生み出されます.

2.雷音

雷音を出す音花火では雷薬とよばれる大きな音をだす火薬が使われています.代表的な雷薬はKClO4Alからなる混合物です.酸素バランスがほぼゼロになるように配合されており,素早く燃焼します.
 \mathrm{3KClO_4 + 8Al \longrightarrow 3KCl + 4Al_2 O_3}
【参考】酸素バランス


KClの沸点は1500℃である一方,Alの燃焼では2000℃以上の高温になります.したがって反応で生じるKClは気体だと考えられます.通常の花火玉とおなじように,雷薬の燃焼により発生した気体のKClが花火玉から一気に開放されるときに,大きな音がなります.


もっと手軽な音花火(?)にクリスマス・クラッカーがあります.お誕生日会とかにつかうやつですね.

クラッカーの雷薬の一例として,KClO3硫化アンチモンSb2S3の混合物があります.爆竹にも使われる組みあわせです.


KClO3非常に不安定で,摩擦によって以下の反応が起き,音が発生します.
 \mathrm{3KClO_3 + Sb_2S_3 \longrightarrow Sb_2O_3 + 3SO_2 + 3 KCl}


日本ではじめてクラッカーを売り出した細谷政夫さんは,高等小学校*1理科実験で先生が雷薬を爆発させていたのが記憶にあり,硫化アンチモンを用いたクラッカーを考案されたそうです.


ちなみにその時の理科実験は,爆発の危険がある塩素酸カリウム赤リンを学生だった細谷さんに混ぜさせ,それを先生がハンマーで殴って爆発させたというのだそうです.*2びっくりですね!
 \mathrm{10KClO_3 + 12P \longrightarrow 10KCl + 3P_4O_{10}}
【参考】マッチ(1):マッチのしくみ


3.パチパチ音のしくみ

最後に,Dragon’s eggでもみられるパチパチ音(英語ではcrackle)についてみてみましょう*3

www.youtube.com


パチパチ音は金属酸化物を酸化剤,金属を可燃剤としたテルミット反応で生じます.
かつては酸化鉛Pb3O4が使われていましたが,鉛の毒性を考慮して酸化ビスマスBi2O3などが使われるようになりました.酸化ビスマスBi2O3マグナリウム粉末テルミット反応は以下の通りです.

 \mathrm{2Bi_2 O_3 +3Mg + 2Al \longrightarrow 2Bi + 3MgO + Al_2 O_3}

反応ではガスがほとんど生じませんので,爆風を起こさずに音を生じさせることができます.


パチパチ音の正体についてはいくつか説があります.
ひとつは反応で生じるビスマス(Bi)です.


マグナリウム粉末が燃焼するため,反応温度は2800℃近くになります.ビスマスの融点は1610℃ですので,反応で生じたビスマスが急激に沸騰する際にパチパチ音がすると考えられています.


他にも,マグナリウム等の大きな金属粒子が分裂する際に音がでるのでは?とも考えられているようです.

4.まとめ

音を発生させる化学反応については現在も様々な反応が研究されています.花火の音も,今後どんどん進化していくかもしれませんね.


次回は化学の力で煙を発生させる方法について見てみましょう.

問題

Q.尺玉の音の大きさは134dBだが,速射連発のスターマインでは,音の大きさは125dBである.
尺玉はスターマインの何倍音が大きいか?
ただし,音の大きさ(dB)は基準パワー \displaystyle{E_0}を用いて \displaystyle{10 \log_{10} \frac{E}{E_0}}と表されるものとする.



A.与えられた定義式から,
 \begin{align} 10\log_{10} \frac{E_{尺玉}}{E_0} - \log_{10} \frac{E_{スターマイン}}{E_0} &= 134-125 \\   10\log_{10} \frac{E_{尺玉}}{E_{スターマイン}} &= 9 \\  \frac{E_{尺玉}}{E_{スターマイン}} &= 10^{0.9} \fallingdotseq 7.94 \end{align}

したがって,尺玉のほうがスターマインより約8倍,音が大きい.


割薬の使用量はスターマインより尺玉のほうが約8-9倍多いので,衝撃波がより強くなるわけですね.

参考文献

『花火の科学と技術』丁 大玉,吉田 忠雄 著,プレアデス出版 (2013).
『花火の科学』細川 政夫,細川 文夫 著,東海大学出版 (1999).
"Chemistry of Pyrotechnics: Basic Principles and Theory" Mocella, C., Conkling, J.A. (2019).
"Chemistry of Fireworks" Russell, M.S. (2009).



目次 - 化学と歴史のネタ帳

*1:今の中学校にあたります.

*2:本反応はマッチに使用されています.

*3:日本語訳がわかりませんでした.