化学と歴史のネタ帳

身近にひそむ化学と歴史を,高校までの知識をベースに解説する化学史系ブログです.

花火のしくみ(8):煙

打ち上げ花火というと夜みる花火をイメージしますが,昼にも花火があります.昼花火とよばれるもので,とともにカラフルをたのしむ花火です.

お祭りの日に打ち上げられることがあるようです.


今回は,煙にどのように色をつけているのか,みていきましょう.



花火のしくみ(1):花火の燃焼
花火のしくみ(2):花火の色
花火のしくみ(3):線香花火
花火のしくみ(4):フラッシュ,スパーク
花火のしくみ(5):点滅花火
花火のしくみ(6):笛音
花火のしくみ(7):開発音,雷音,パチパチ音
花火のしくみ(8):煙
花火のしくみ(9):蛇玉の歴史
【参考】黒色火薬の歴史(1):火薬と花火

1.白煙

煙の中でもスタンダードな白煙の生成として理科の実験でもなじみ深い(?)のは,HClガスNH3ガスにより生じるNH4Clの白煙です.アンモニア水にひたしたガラス棒を塩酸のビーカーとに近づけると,白煙が生じます.
 \mathrm{HCl(g) + NH_3 (g) \longrightarrow NH_4Cl (s) }

揮発したアンモニアと塩化水素が空中で反応し,生成したNH4Clの粒子が光を反射して,白煙として目に見えます.


白煙の発生として広く活用されたのは,六塩化エタンC2Cl6によるものです.化学反応式は以下の通りです.
 \mathrm{C_2Cl_6 + Zn + 2ZnO \longrightarrow 3ZnCl_2 + 2CO}


生成したZnCl2が空気中の水蒸気を吸着し,白い煙になります.したがって,空気の湿度に大きく依存します.
ZnCl2毒性が強いため,他の組み合わせもいろいろ検討されています.


例えば,リンの燃焼による白煙が検討されました.
 \mathrm{ 4P + 5O_2 \longrightarrow P_4O_{10}}

こちらも,生成した酸化物が空気中の水蒸気を吸着して白い煙になります.しかし水蒸気と反応して生じるリン酸は目や肌・呼吸器に有害ですので安全ではありません.
 \mathrm {P_4O_{10} + 6H_2O \longrightarrow 4H_3PO_4 }


安全な反応として登場したのが,KClO3ラクトースC12H22O11の燃焼を活用した方法です.KClO3は低温でも発火しやすく,ラクトースとの組み合わせでは200℃前後で着火します.
 \mathrm{C_{12}H_{22}O_{11} + 3KClO_3 \longrightarrow 3KCl + 10H_2O + 4CO +5C +3CO_2 +H_2}*1

ラクトースの燃焼で発生した熱でテレフタル酸C6H4(COOH)2を昇華させ,白煙を発生させます.

2.色煙

燃焼で発生した熱で色素を昇華させれば,のついた色煙を発生させることができます.

昼花火のほか,かつては『オズの魔法使』(1939) の西の魔女が登場するシーンなど映画の演出でも使われました.


色素にはたいてい芳香環が含まれており,可視光を吸収できるようになっています.

白色光赤・緑・青からできていると考えると,青・緑を吸収する色素(Disperse Red 9)は残りの赤色に見えることがわかります.一方で赤色を吸収する色素(Solvent Green 3)は残りの青・緑色が混ざった色に見えます.


色煙を発生させるには,このように昇華しやすい色素を選択することが重要です.
昇華させられる色素は,おおよそ分子量が小さいことが多いです.また,イオン性の塩をつくるものは結晶をつくり昇華しづらいので,-COO--N+R3などの構造をもつものは避けます.


また,熱で壊れにくい色素を選ぶことも重要です.-NO2-SO3などの構造をもつと,熱分解して酸素を放出してしまいます.-N=N-の構造をもつと,熱分解して窒素を放出しやすいです.例えば,第一次世界大戦頃使われていた報告のあるPara Redは,300℃付近で熱分解して窒素を放出します.


色素の昇華には,反応熱がそこまで高くない燃焼反応が用いられてきました.もともと色煙の発生にはKClO3硫黄の反応が用いられてきました.
 \mathrm{2KClO_3 + 3S \longrightarrow 3SO_2 + 2KCl}


燃焼時の熱を抑えるため,炭酸水素ナトリウムNaHCO3などの減熱消炎剤を入れることがあります.一般に,炭酸水素ナトリウムによる消炎作用は以下のような反応で説明されます.
 \mathrm{2NaHCO_3 \longrightarrow Na_2CO_3 + H_2O + CO_2} \quad (1)
 \mathrm{Na_2CO_3 \longrightarrow Na_2O + CO_2}\qquad (2)
 \mathrm{Na_2O + OH + H \longrightarrow 2NaOH}\quad (3)

式1,2の吸熱反応によってCO2が発生するため,燃焼時の熱が抑えられます.発生させたCO2ガスは色素粒子拡散させるのにも役立ちます.また,式3では燃焼の連鎖反応に必要なOHやHといったラジカル分子が消費され,燃焼反応が抑えられます.


ところで,KClO3と硫黄の反応では有害なSO2が発生してしまいます.そこで,白煙の発生でも使われたKClO3ラクトースの反応も使われます.本反応では有害なガスはCOを除いて発生しません.
 \mathrm{C_{12}H_{22}O_{11} + 3KClO_3 \longrightarrow 3KCl + 10H_2O + 4CO +5C +3CO_2 +H_2}


さらに,色素の分解を防ぐため燃焼温度の低い反応も開発されました.ニトロセルロースC12H14N6O22硝酸グアニジンCH6N4O3の組み合わせの燃焼では,温度が500℃以下です.*2
 \mathrm{C_{12}H_{14}N_6O_{22} + 7CH_6N_4O_3 \longrightarrow 16CO +25 H_2O +17N_2 + 3H_2 + CO_2 +2C}

本反応では気体もたくさんでるので,素粒子効率的に拡散させることができます.

3.まとめ

煙の発生にもいろんな化学が使われていることがわかりましたね.


ちなみに,油を気化させることでも煙を発生させることができます.色素と混ぜてジェット機から放出すれば,色のついた飛行機雲の出来上がりです.空中からまくことになるので,安全な色素を使用する必要があります.


なかなか昼花火をみる機会が無いですが,もしあったらぜひ注目してみてください.


次回は蛇玉,もしくは蛇花火と呼ばれる奇妙な花火のしくみと歴史を見てみましょう.


問題

Q. 塩酸を入れたビーカーとアンモニア水を入れたビーカーを近づけて静置したとき,片方から白煙が立ち上った.どちらか?


A.塩酸を入れたビーカー.

HClは空気より重いのでビーカー内にとどまり,NH3は空気より軽いのでHClのビーカーまでやってきて反応するからだと考えられます.
このとき熱が発生するので,発生した白煙はあたためられて上へと立ち上ります.
 \mathrm{HCl(g) + NH_3 (g) \longrightarrow NH_4Cl (s) \qquad \Delta \mathit{H} = -176.4 \, kJ \, mol^{-1}}


ちなみに密閉した箱の中で上記実験を行うと,うまくいけば石筍のように結晶化したNH4Clのタワーができあがるそうです.*3
やってみたいですね!



参考文献

『花火の科学と技術』丁 大玉,吉田 忠雄 著,プレアデス出版 (2013).
『花火の科学』細谷 政夫 著,東海大学出版 (1980).
『火薬と爆薬の化学』テニー・デービス 著,東海大学出版 (2006).
"Chemistry of Pyrotechnics: Basic Principles and Theory" Mocella, C., Conkling, J.A. (2019).
"Chemistry of Fireworks" Russell, M.S. (2009).
"Fireworks Principles and Practice" Lancaster, R. (1998)
西川 登志子,高岡 京 "有機顔料の耐熱性(1)β-ナフトール系顔料の熱分解機構と耐熱性" 色材,47,285-291 (1976).
"Patterns, Oscillations, and Microtornadoes: Extreme Events in Vapor-to-particle Reaction Zones" Thompson, S., Procedia IUTAM, 9, 138-164, (2013).
"燃焼と消火” 安藤 直次郎,材料,14, 600-604 (1965).



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*1:実際は,温度上昇に伴い段階的に反応が進行すると考えられます.

*2:参考文献にあわせ,ポリマー表記を省略しました.

*3:論文ではMicrogeyserとよばれていました.