火事になったとき,火を消す手段としてまず思い浮かぶのは「水」です.
しかし,なぜ水をかけると火は消えるのでしょうか?
また,どんな火でも水をかけていいのでしょうか?
今回は水による消火のしくみを見ていきたいと思います.
消火のしくみ(1):水
消火のしくみ(2):スプリンクラーの歴史
消火のしくみ(3):二酸化炭素
消火のしくみ(4):ハロン
消火のしくみ(5):泡
消火のしくみ(6):ケミカル
1.火はどうやって燃えているの?
すでに燃焼のしくみについては過去にふれていますが,あらためてみてみましょう.
燃焼は一般に「熱や光を発しながら酸化する反応」とされます*1.これだけだとよくわからないので,具体的な例をみてみましょう.
一番シンプルなのは,水素ガスの燃焼です.
実際には,いろんな反応が連鎖して起こっています.
高温ではH2の一部がH原子になり,連鎖反応を引き起こします.
この反応では次々に新しいH原子ができます.
発熱しながらどんどん新しく反応し続けることで,燃焼が維持されます.
このうち,式(1)の反応が最も重要で燃焼の進行を左右しています.したがって,この反応を邪魔することができれば連鎖反応が維持されなくなり,結果として火を消すことができます.
式(1)を邪魔するには,H原子かO2の濃度を減らすのが良さそうです.
また,この反応は温度が少しでも下がると途端に進まなくなります.そのため,炎の温度を下げることも有効です.
他の物質でも,H原子を含む物質であれば同様に考えることができます*2.例えばメタンCH4の燃焼であれば,以下のように他の分子Mとの衝突によりCH3とH原子が生じます.
よって,消火するには先程と同様に炎の温度を下げるか,連鎖反応中の分子濃度を減らすのが有効です.
以上が気体の燃焼ですが,固体の燃焼では火の熱による熱分解反応も起きます.ロウソクを例にみてみましょう.
【参考】ロウソクの炎の色
ロウソクでは一番外側の青い部分で燃焼反応が進行し,熱が発生します.
その熱がつたわり,炎心ではろう(パラフィン)が分解しています.
分解により生じた分子の一部が気化して青い部分に移動し,また燃焼反応に関わっていきます.
このように,熱分解反応で生じた分子は燃焼反応に使われていきますので,これを止めることも消火につながります.そしてこの熱分解反応はもちろん,冷やすことで阻害することができます.
2.水で火を消すしくみ
水は蒸発の際にまわりから奪う熱が非常に大きいことが知られています.1 kgの水が蒸発するのには2260 kJ必要です.他の燃えない液体と比較しても,少なくとも4倍以上です.
このほかにも沸点まで水を加熱するのに必要な熱もあります (1kgの水では,1℃あたり4.186 kJ).そのため炎に水をかけることで,炎の温度を下げ,燃焼反応の進行を抑えることが期待されます.
また,直接可燃物(液体または固体)に水をかけることで,冷却により熱分解反応を抑えることもできるでしょう.大抵の熱分解反応は250-450℃で進行しますので,水の沸点100℃はこれらより十分低いといえます.
他にも,例えば水が蒸発して水蒸気となることで局所的に酸素が薄くなることが期待できます.また,この水蒸気が炎の熱の伝達を防ぐといったことも考えられます.
このように,水による消火のしくみは以下の4つの組み合わせです.
1.炎の温度を下げる.
2.固体や液体の可燃物の温度を下げる.
3.水蒸気により酸素濃度を薄める.
4.水蒸気により熱の伝達を防ぐ.
なかでも2番めの「可燃物の温度を下げる」が一番効いているのだと考えられています.
アクリル板の燃焼実験をみてみましょう.
図のように,30 cm四方のアクリル板を燃焼させてみます.
計測によると,炎の熱のうち,たった約12%がアクリル板表面に到達します.
このうち4割はアクリル板表面からまた放射されていきます.結果として約12%のうちの6割,つまり炎の熱の約7%のみがアクリル板の加熱につかわれ,熱分解を引き起こし気化させます.
こうして考えると,思ったよりも炎の熱が熱分解につかわれていないことがわかりますね.実際,同様の実験では炎の熱のうち,約3%を水の蒸発によって吸収させることで消火させられることが明らかになっています.
ただしこの実験ではまわりに他の炎が無い点に注意しなければいけません.実際の火災では隣にも別の炎があり,そこからの熱も伝わるため,十分に温度を下げるのに必要な水の量*3はもっと多くなります.可燃物に水をちゃんとかけられない場合も考えると,火災の消火には実験で求められた量の10-100倍の水をかけつづけることが必要になります.
3.水による消火の注意点
水は低コストで消火できるすぐれものですが,どんな火災にも使えるわけではありません.
まずはどんな火災があるのかみていきましょう.
火災は,大きく分けると4つにわけられます.
火災の種類 | 燃焼物 |
---|---|
A火災 | 一般可燃物 |
B火災 | 引火性液体 |
C火災 | 電気器具 |
D火災 | 金属 |
これに加え,調理油による火災をK火災とすることがあります.
水による消火がもっとも適しているのはA火災です.特に水は可燃物にしみこんでいきますので,再着火なども防ぐことができます.
一方で,それ以外の火災については注意が必要です.
B火災やK火災といった燃える液体による火災では,水は十分に気をつけなくてはなりません.液体の性質によって違うのですが,例えば炭化水素系燃料のような引火性液体は水と混ざらないため,希釈による消火効果は期待できません.
また引火性液体が水よりも密度が小さい場合,水が下に入り込んで沸騰し,引火性液体を飛び散らせてもっと火が燃え広がる危険性があります.
そのため引火性液体の火災では,のちに述べる「ウォーターミスト」などで水のかけ方を工夫するか,水以外の消火方法を検討する必要があります.
C火災に相当する,電気機器系統の火災でも注意が必要です.消火につかう水は大抵不純物を含み電気を通します.そのため水を消火に用いる場合,電気系統からの感電の危険に十分に注意しなくてはいけません.また,水がかかると電子機器の故障の原因にもなりますので,コンピュータールームなどの消火設備としては,別の方法を検討する必要があります.
【参考】消火のしくみ(4):ハロン
最後にD火災について,金属の燃焼による火災では,水はほぼNGです.
ナトリウムなど金属は水と激しく反応してしまうからです.
このほかにも,水と反応する無水物,炭化物(カーバイド),水素化化合物,硝酸化合物,過酸化物なども注意が必要です.
このように,水がつかえる火災とつかえない火災があります.場合によっては火災をさらに悪化させてしまうこともありますので,十分に注意しましょう.身近なところだと,キッチンでの火災は調理油が原因であることが多いので,水を使うべきかは注意が必要です.
【参考】消火のしくみ(5):泡
【参考】消火のしくみ(6):ケミカル
4.ウォーターミスト
最近注目されている水による消火方法のひとつに,「ウォーターミスト」を用いるものがあります.
ウォーターミストは非常に細かい水滴(水滴の90%が直径200 μm以下もしくは400 μm以下)からなり,炎や可燃物に吹きかけて消火します.
水滴は小さければ小さいほど蒸発しやすいので,ウォーターミストは炎の温度を効果的に下げることができると考えられます.ただし,水滴が小さすぎると燃焼している表面になかなか到達できない点には注意が必要です.
一方,ミストが炎に到達する前に蒸発した場合,水蒸気によって酸素濃度を薄めることができます.また,可燃物と炎の間に水蒸気が入り込めば,炎からの熱の伝達をじゃますることも考えられます.可燃物の熱分解によって生じた分子の濃度をうすめることもできるでしょう.もしかしたら噴射の勢いで可燃物から炎を消し飛ばすこともできるかもしれません.
水をミストにして噴射する手法は,特に引火性液体の燃焼に対して有効です.
通常水を燃えている引火性液体にかけると,引火性液体が飛び散らせてもっと火が燃え広がる危険性があります.一方でウォーターミストは引火性液体に直接降りかかる前に蒸発すると考えられますので,引火性液体を飛び散らせずに消火できると考えられます.
このように,ウォーターミストによる消火には様々なメリットがあり,特に屋内での火災に効果的です.一方で,屋外での火災に対しては,なかなか厳しそうです.
5.まとめ
「水で火を消す」というシンプルな現象も,意外と奥が深かったですね.
次回は水を使った代表的な消火装置であるスプリンクラーの歴史について見ていきます.
問題
Q. ホースから炎にむけて20℃の水を1分あたり378.5 L放水し,これがすべて100℃の水蒸気となった場合,何キロワット[kW]のエネルギーを吸収するか?有効数字3桁で答えよ.
ただし,1 kgの水の蒸発熱は2260 kJ/kg,比熱は1℃あたり4.186 kJ/kg (℃)とする.
A. 1分あたりに吸収するエネルギーは,
したがって,キロワット[kW = kJ/s]に換算すると,
参考文献
“Fire protection handbook. 20th edition” A. E. Cote, National Fire Protection Association (2008).