化学と歴史のネタ帳

身近にひそむ化学と歴史を,高校までの知識をベースに解説する化学史系ブログです.

浄水(4):いろんな消毒方法

前回みてきたように,水を介した伝染病の拡大を防ぐためろ過や塩素による消毒方法が開発されてきました.
【参考】浄水(3):ろ過や塩素による消毒


今回はさらに,アンモニアと塩素のくみあわせであるクロラミンやオゾン,紫外線による消毒のしくみと歴史をみていきましょう.




浄水(1):にごりをとるには?
浄水(2):ろ過の歴史
浄水(3):ろ過や塩素による消毒
浄水(4):いろんな消毒方法
浄水(5):ガスを追い出すには?
浄水(6):活性炭・微生物の活用
浄水(7):化学の力で軟水にする
浄水(8):軟水化の歴史
浄水(9):いろんな無機物の除去
浄水(10):パイプを腐食から守る
浄水(11):フッ素で虫歯予防?
浄水(12):究極の水,超純水

1.クロラミン

水中にアンモニアNH3が存在していると,HClOはNH3と順次反応し,クロラミンを生成します.
 \mathrm{NH_3 + HClO \longrightarrow NH_2Cl + H_2O }
 \mathrm{NH_2Cl + HClO \longrightarrow NHCl_2 + H_2O }
 \mathrm{NHCl_2 + HClO \longrightarrow NCl_3 + H_2O }

pHが7-9の条件では,塩素を注入していくとCl2の物質量がNH3と等しくなるまではモノクロラミンNH2Clの生成がメインとなります.ここを超えると,ジクロラミンNHCl2の生成のほか,窒素ガスN2が生成します*1.このため注入した塩素がアンモニアとともに消失し,水中の残留塩素(クロラミンとHClOなどをあわせた消毒に有効な塩素化合物)が減少します.
 \mathrm{2NH_3 + 3HClO \longrightarrow N_2 + 3H_2O + 3H^{+} + 3Cl^{-} }

そして最終的には残留塩素濃度が極小となる不連続点を経て,それ以上添加した塩素はHClOやClO-として殺菌作用を有するようになります*2.これを不連続点塩素処理といいます.


なお,不連続点以前に生成するモノクラミンは一応は殺菌能力はありますが,殺菌速度がHClOに比べて数百分の一とかなり遅いのが特徴です.そのため,ヨーロッパや戦前の日本では緩速ろ過した水の殺菌法としてアンモニアをわざと添加してクロラミンを作り,水道管中で殺菌効果を長持ちさせる方法が採用されていました.


クロラミンによる殺菌がはじめて用いられたのは1917年のオタワ(カナダ)やコロラド州デンバーアメリカ)です.塩素とアンモニアをあらかじめ混ぜてクロラミンにしてから投入されていたようです.それまでの塩素消毒だと塩素臭がして嫌がる人もいたのですが,クロラミンだとましだったようです.


のちに,アンモニアをまず水に投入し,塩素をつぎに投入するという手順も採用されるようになりました.いずれの場合も,クロラミンにすると殺菌効果が長くなることを活用していました.


第二次世界大戦ごろになるとアンモニアが不足します.また塩素そのもの方が殺菌効果が高いということも知られるようになり,徐々にクロラミンから塩素消毒へとシフトしていきます.特に原水中にアンモニアがもともと多く含まれる地域では,塩素を過剰に加える不連続点塩素処理が行われはじめました.


ライン川(ドイツ・オランダ),ミシシッピ川アメリカ)などの下流域にある都市圏はその一例です*3.これらの地域では,上流の下水処理場での微生物処理で生じたアンモニアがそのまま含まれていました.そのため,添加した塩素はアンモニアと反応して消費されてしまいます.そこで,塩素消毒を確実にするために不連続点塩素処理を採用したというわけです.

ところが過剰に塩素を投入した結果,原水中に含まれるフミン質と塩素が反応してしまい,クロロホルムなどのトリハロメタンが生成してしまいました.

1970年代にはこれが発がん性を有するのではないかと問題になります.もともと毒性のある塩素を入れることに抵抗のある人も多かったこともあり,ヨーロッパを中心に徐々に塩素消毒が見直されるようになっていきました.

2.オゾン処理

塩素消毒のかわりに注目されるようになったのがオゾンです.オゾンは非常にパワフルな酸化剤です.
 \mathrm{ O_3 + 2H^{+} + 2 \textit{e}^{-} \longrightarrow H_2O + O_2 }

Martinus van Marum (1750-1837)

オゾンは1783年にオランダの科学者Martinus van Marum (1750-1837) により発見されました.酸素ガスや空気に15-30分放電し続けたところ,気体の体積が減り,強い独特な臭いがしたそうです.その独特な臭いから1840年シェーンバイン (Christian Friedrich Schönbein, 1799-1868) によってギリシア語で臭いを意味する単語から命名されました.実際,オゾンは0.01 ppmでも変な匂いがします.


1857年にはドイツのSiemensによって放電によりオゾンを生成する装置が開発され,1893年には市場に出回るようになりました.
 \mathrm{ 3O_2 \longrightarrow 2O_3 }


オゾンが飲料水の消毒に使われるようになったのは同じく1893年,オランダのOudshoornでのことです.そして1906年にはフランスのニースで大規模なオゾン処理施設が稼働しはじめました.同じ年にはニューヨークでも水の異臭をとるためにオゾン処理がはじめられています.


オゾンは塩素よりもはるかに強力な酸化剤であり,殺菌力にすぐれています.塩素やモノクロラミンでは難しい成熟卵嚢子(オーシスト)の不活性化も可能です.また,塩素のようにpHの影響を受けることはありません.一方である限界濃度以上にならないと全く効果を発揮できないので,水中オゾン濃度のコントロールが重要となります.


殺菌はもちろんですが,他にもシアン化合物,鉄やマンガンなどの酸化が可能です.また,ご存知のように有機化合物中の不飽和結合のかなりの部分がオゾンによって分解されます.これにより,有機化合物由来の色がかなり脱色されます*4


塩素のようにトリハロメタン問題がないので塩素消毒のかわりに広く用いられるようになりましたが,オゾンの消毒作用は長持ちしません.そのため,日本ではオゾン処理後に水道管内での雑菌繁殖を防ぐため,消毒作用が長持ちする塩素を後入れしています.ヨーロッパ(特にオランダ)では塩素をなるべく入れたく無いようで,浄水の段階で徹底的にオゾン殺菌を頑張るようです.


オゾンは通常酸素や空気に1-2万ボルトの高電圧をかけて生成させます.もともとは普通の空気に放電してつくっていましたが,空気に含まれる水蒸気がオゾンの生成効率を下げたり,また窒素ガスと反応して硝酸を生成し,これがオゾン生成をまた阻害するということが判明しました.
 \mathrm{ O_3 + N_2 + O_2 + H_2O \longrightarrow 2HNO_3 }


このような事情から,オゾンの生成には空気や酸素ガスを完全に乾かすことが必要です.高湿度の日本国内だと乾燥用に大量に電力を消費しますので,オゾンは比較的高価になってしまいます.


こうしてつくられたオゾンは殺菌用に水に溶かすのですが,溶けきらなかった排オゾンは加熱分解するか,活性炭に吸着させることで無害化させています.

3.紫外線処理

紫外線も殺菌用途で使用することができますが,塩素やオゾンほどには普及していません.塩素やオゾンは加えたあとしばらく殺菌効果が続きますが,紫外線は照射中しか殺菌効果が得られないのが理由の一つだと考えられます.一方で,紫外線は塩素では殺菌できないGiardiaCryptosporidiumを殺菌できるという長所もあります.


紫外線はだいたい波長が100-400 nmの光のことをいいます.特に200-280 nmの紫外線をUV-C,280-315 nmをUV-B,315-400 nmをUV-Aと呼びます.日焼けを起こすのはUV-Bですね.200 nm以下の真空紫外線は水に吸収されてしまいます.


UV-CはDNAを構成する分子であるチミンに吸収され,チミン同士が共有結合でつながるチミンダイマの形成を誘導します.これにより正確なDNA複製が困難になり,微生物の増殖を難しくします.


古くから,例えば紀元前2000年のころから太陽光に長時間水をさらすと安全に飲めるようになることが知られていました.

Johann Wilhelm Ritter (1776-1810)

紫外線そのものの発見は1801年シレジア(現在のポーランド)の薬剤師ヨハン・ヴィルヘルム・リッター (Johann Wilhelm Ritter, 1776-1810) によるものだったと言われています.紫色より短い見えない光によって塩化銀AgClが分解することを示しました.


1877年にはDownesとBluntがバクテリアを含む水に日光をあてると消毒できることを示し,翌年にはこれが青色〜紫色以下の光であることを突き止めます.1903年にはBernardとMorganが250 nm付近の光がもっとも殺菌力があることを発見しました.


そして1910年,フランスのマルセイユ浄水場についに紫外光消毒設備が設置されます.しかしながら光源や電力供給が不安定だったこともあり,すぐにストップしてしまいました.消毒方法は1920年代以降塩素が主流になり,紫外光による消毒はしばらく下火になります.


1970年代ころになると,トリハロメタンなど塩素消毒の副産物の悪影響が懸念されはじめます.ノルウェーではその流れで1975年に紫外光消毒設備が浄水場に設置され稼働しはじめます.それ以降,紫外光による消毒設備はヨーロッパで徐々に増えていきました.

Cryptosporidium parvum

1980年代,ジアルジア症を引き起こすGiardia lambliaクリプトスポリジウムを引き起こすCryptosporidium parvumといった化学物質に抵抗を示す病原性微生物が再確認され,アメリカで数十万人規模の感染が発生し,問題となりました*5.オーシスト(成熟卵嚢子)は塩素消毒でも滅菌しきれず,また急速砂ろ過法でも完全に取り除ききれなかったのが原因だったようです*6


1998年,塩素でも消毒されないCryptosporidiumに対して紫外光が有効であることがわかりました.これをうけ,アメリカでも紫外光による消毒が普及しはじめました.


紫外光による消毒はまだ課題もあるようですが,水に何か加えるわけでもなく,また消毒速度も早く効果的だということで改善が続けられています.

4.まとめ

このように塩素,オゾン,紫外線による消毒方法が普及してきました.


一方最近では膜ろ過による滅菌も普及してきています.ろ過にはじまり,ろ過に帰ってきているのはなんだか不思議な気がしますね.


次回はヘンリーの法則を軸に,水に溶けたガスを取り除く方法を見てみましょう.


問題

Q. 水(pH 7.0, 25℃,塩素濃度1.0 mg/L)にアンモニアを加えてジクロラミン:モノクロラミンが1:10になるようにするにはアンモニアをどのくらい加えれば良いか?ただしジクロラミンのモノクロラミンに対する比は以下のように表される.
 \displaystyle{ \frac{[ \rm{NHCl_2}  ]} { [ \rm{NH_2Cl} ] } = -1 + \frac{BZ}{1-\sqrt{1-BZ(2-Z)}}}
 B = 1-4 K_{eq} [ \rm{H^{+}} ]
 \displaystyle{Z = \frac{[ \rm{Cl_2} ]}{[ \rm{NH_3} ]} }
 K_{eq} = 6.7 \times 10^5



A. 式にそれぞれ代入して,
 B = 1-4 \times 6.7 \times 10^5 \times_ 10^{-7} = 0.732
 \displaystyle{ 0.1 = -1 + \frac{0.732Z}{1-\sqrt{1-0.732 \times (2-Z)Z } } }
  -0.289Z^2 + 0.134Z = 0
 Z = 0.463

モル濃度比が0.463となるように加えれば良いので,加えるアンモニアは0.43 mg/Lとなる.



参考文献

Chemistry of Water Treatment, 2nd edition” S.D. Faust and O.M. Aly (1998).
”MWH's Water Treatment: Principles and Design, 3rd edition" J.C. Crittenden, et al. Wiley (2012).
"Water Quality and Treatment, 5th edition" R.D. Lettermen, The American Water Works Association (1999).
“Drinking Water and Health, Volume 1” National Research Council (US) Safe Drinking Water Committee (1977).
”The Quest for Pure Water" M. N. Waker, The American Water Works Association (1948).
"The Ultraviolet disinfection handbook", J.R. Bolton, C.A. Cotton, American Water Works Association (2011).
"Humus chemistry : genesis, composition, reactions" F.J. Stevenson, Willey (1994).
『都市・地域 水代謝システムの歴史と技術』丹保憲仁,鹿島出版会 (2012).
『水処理工学の基礎』丹保憲仁,小笠原紘一,日本水道新聞社 (2019).


目次 - 化学と歴史のネタ帳

*1:並行してNO3-が生成する場合があります. \mathrm{ NH_3 + 4HOCl \longrightarrow NO_3^{-} +4Cl^{-} + 5H^{+} + H_2O }

*2:一部トリクロラミンNCl3も生成します.

*3:淀川や江戸川流域も同様です.

*4:オゾン分解により生成するケトンやアルデヒド類については発がん性や環境への影響が心配になるところですが,オゾンは添加後に急速に水中から消滅するため,残留オゾンによる影響はあまり議論されていません.

*5:日本では1996年に埼玉県越生町で8800人が感染しています.

*6:ちなみに緩速砂ろ過ではある程度除去が可能です.