化学と歴史のネタ帳

身近にひそむ化学と歴史を,高校までの知識をベースに解説する化学史系ブログです.

浄水(12):究極の水,超純水

水はどこまできれいにできるのでしょうか?


工業用途では超純水と呼ばれる,不純物がほぼゼロの究極の水を使用することがあります.

今回は超純水製造のしくみをみながら,究極の水を追い求めてきた歴史をみていきましょう.




浄水(1):にごりをとるには?
浄水(2):ろ過の歴史
浄水(3):ろ過や塩素による消毒
浄水(4):いろんな消毒方法
浄水(5):ガスを追い出すには?
浄水(6):活性炭・微生物の活用
浄水(7):化学の力で軟水にする
浄水(8):軟水化の歴史
浄水(9):いろんな無機物の除去
浄水(10):パイプを腐食から守る
浄水(11):フッ素で虫歯予防?
浄水(12):究極の水,超純水

1.ろ過による不純物の除去

超純水はどのようにつくるのでしょうか?


超純水は,これまでにみてきた技術を組み合わせ,時には発展させることで作り出すことができます.超純水をつくるのに重要な技術は,ろ過,イオン交換,紫外線照射です*1


ろ過ではさまざまな不純物を取り除くことができます.


例えば,木綿やポリプロピレン,アクリルといった繊維を重ね合わせたデプスフィルターは,網目構造によって効率的に粒子をとらえることができます.超純水製造においては原水中の鉄サビゴミなどを取り除く目的で使用されます.


デプスフィルターは目詰まりしにくく汚れの保持力にすぐれているという特徴があります.しかしながら網目構造の隙間は一定ではないため,大きな粒子でも除去できなかったりすることがあります.そのため,圧力や流量が変動するとトラップされていたゴミやフィルターの素材が流出する可能性があるので注意が必要です.


もっと細かい粒子の除去には膜ろ過が有効です.膜ろ過は第2回で取り上げた「ろ過の歴史」で最後に登場した技術です.
【参考】浄水(2):ろ過の歴史.

0.1 μmくらいの穴があいている精密ろ過膜は,藻類や原生動物,バクテリアなどを除去することができます.ろ過滅菌の目的では0.22 μmのフィルターが使われることが多いようです.


0.01 μmくらいの穴があいている限外ろ過膜はより小さなコロイド粒子やウイルスを除去することができます.製薬や生化学実験においてはエンドトキシンRNaseといった高分子を除去する目的で使用されます.


さらに小さい1 nmほどの穴があいたナノフィルターはCa2+やMg2+を取り除くことができ,ほとんど穴の空いていないような逆浸透膜ではNa+やCl-を取り除くことができます.


逆浸透膜は無機イオン,有機化合物,微粒子,微生物を取り除くことができるかなり優れた方法ですが,精製される水の純度は原水の水質に大きく依存します.そこで,後に紹介する連続イオン交換と組み合わせて超純水を安定につくることが多いようです.


水中に溶けているガスを除去する技術としてはエアレーションが挙げられますが,半透膜を利用することもできます.とくにこのような膜を脱気膜とよびます.
【参考】浄水(5):ガスを追い出すには?


脱気膜の片側に通水し,もう片側を陰圧にするか不活性ガスを流します.半透膜を通じて水から酸素O2などのガスが透過することで,水からガスを効率よく除去することができます.これにより,10-100 μg/L程度まで減らすことができます.

2.連続イオン交換

イオン交換も重要な技術です.軽く復習してみましょう.
【参考】浄水(8):軟水化の歴史
【参考】浄水(9):いろんな無機物の除去


Ca2+やMg2+を取り除く軟水化においては,陽イオン交換樹脂が主に使われるのでした.
 \mathrm{ 2 \overline{RSO_3^{-} Na^{+} } + Ca^{2+} \longrightarrow \overline{(RSO_3^{-})_2 Ca^{2+} } + 2Na^{+} }

上記反応式より,Na+のくっついた陽イオン交換樹脂にCa2+を含む水を流すとCa2+が取り除かれ,流れ出た水にはNa+が含まれることがわかります.このようなイオン交換は,樹脂に対する各イオンの親和性が異なることを利用しています.


超純水の製造においては,H+やOH-をあらかじめくっつけておいたイオン交換樹脂を用います.
 \mathrm{ 2 \overline{RSO_3^{-} H^{+} } + Na^{+} \longrightarrow \overline{RSO_3^{-} Na^{+} } + H^{+} }
 \mathrm{ 2 \overline{RCH_2N^{+}(CH_3)_3 OH^{-} } + Cl^{-} \longrightarrow \overline{RCH_2N^{+}(CH_3)_3 Cl^{-} } + OH^{-} }
これにより陽イオンを除去した時にはH+が,陰イオンを除去した時にはOH-が溶出するため,結果としてイオン交換でH2Oが生じます.
 \mathrm{ H^{+} + OH^{-} \longrightarrow H_2O }


このようにイオン交換樹脂を用いれば無機イオンが除去され純粋な水が得られるのですが,いくつか問題があります.


例えばイオン交換樹脂の官能基が飽和してしまうと,それ以上イオンを除去できなくなります.実際,軟水化においても水を流し続けるとCa2+が原水から除去できなくなり,やがて流れ出た水にCa2+が含まれるようになります.これをいちいち再生するのには手間がかかります.



他にも,負に帯電した微生物がイオン交換樹脂に吸着し,樹脂表面で微生物が繁殖してしまうという問題があります.そうすると通水した水が微生物で汚染されるだけでなく,微生物の活動によって生じた有機化合物による汚染も引き起こしてしまいます.


そこで開発されたのが連続イオン交換です.


連続イオン交換では,イオン交換樹脂を陽イオンのみを通す陽イオン交換膜陰イオンのみを通す陰イオン交換膜で交互にはさみます.そして両端には電極をセットします.


水を通すと,イオン交換樹脂により陽イオンや陰イオンが取り除かれます.

ここで両端の電極で電流を流すとどうなるでしょうか?


Na+などの陽イオンは陰極側へ引き付けられます.陽イオン陽イオン交換膜は通過できますが,陰イオン交換膜は通過できません.したがって,陽イオンは陰イオン交換膜の手前の層でトラップされます

一方でCl-などの陰イオンは陽極側へ引き付けられます.陰イオンは陰イオン交換膜は通過できますが,陽イオン交換膜は通過できません.したがって,陰イオンは陽イオン交換膜の手前の層でトラップされます


結果として,イオン交換樹脂に吸着した陽イオンや陰イオンは電流を流すと一個おきの層に移動して集まっていきます



樹脂に吸着したイオンが濃縮された層から流れ出た水は排水します*2.一方で,吸着したイオンが出ていった層から流れ出た水は純粋な水ですので,これを使用します. このように,電流を流すとイオン交換樹脂を飽和させることなく長期間安定して原水からのイオン除去を行うことができます.


一方で,電流を流すことで細菌の増殖を防ぐこともできます.結果として,連続イオン交換では従来のイオン交換で問題となっていた水質変動や細菌増殖を防ぎつつ,効果的にイオンを除去することが可能です

3.紫外線照射

以前も紹介したように,浄水において紫外線は殺菌用途で使用することができます.
【参考】水(4):いろんな消毒方法


紫外線はだいたい波長が100-400 nmの光のことをいいます.特に200-280 nmの紫外線はUV-C,200 nm以下の紫外線は真空紫外線と呼ばれます.

UV-CはDNAを構成する分子であるチミンに吸収され,チミン同士が共有結合でつながるチミンダイマの形成を誘導します.これにより正確なDNA複製が困難になり,微生物の増殖を難しくします.


1903年にBernardとMorganが250 nm付近の光がもっとも殺菌力があることを発見し,フランスのマルセイユ浄水場(1910年)など紫外線の消毒への利用がはじまります.


しばらくは紫外線は消毒目的で使用されていきますが,やがてUV-Cよりも短波長の真空紫外線を利用すると,有機化合物を分解できることが注目されます.


紫外線は波長が短くなるほど,もっているエネルギーが高くなります.254 nmの紫外線は471 kJ/mol,185 nmの紫外線は 647 kJ/molのエネルギーをもっています.これにより多くの有機化合物の結合を切断することができます.


185 nm真空紫外線によって化学結合を切断できるかどうかをまとめると,以下のようになります.

結合 結合解離エネルギー (kJ/mol) 185 nm紫外線での切断
CH3-Cl 342
CH3-CH3 366.4
CH3-OH 378.1
CH3-H 431.8
H-OH (H2O) 492.15
CH2=CH2 719 ×
CH-CH 956.6 ×
185 nmの紫外線を照射するだけでもかなりの結合が切断できることがわかりますね.


185 nmの紫外線だけで分解できない場合は,254 nmの紫外線と組み合わせます.水に185 nmと254 nmの紫外線を照射すると,水中の溶存酸素などと反応してヒドロキシラジカルOHが生成します.
 \mathrm{3O_2\overset{UV \: 185\: nm}{\longrightarrow}2O_3}
 \mathrm{O_3\overset{UV \: 254\: nm}{\longrightarrow}O_2 + O}
 \mathrm{O_2 + O + H_2O\overset{UV \: 185\: nm}{\longrightarrow}2OH + O_2}
 \mathrm{H_2O\overset{UV \: 185\: nm}{\longrightarrow}OH + H}


ヒドロキシラジカルは反応しやすく,さまざまな有機化合物を酸化することができます.
 \mathrm{RCH_3 + OH \longrightarrow RCH_2 + H_2O}
 \mathrm{RCH_2 + OH \longrightarrow RCH_2OH}
 \mathrm{RCH_2OH + 2OH \longrightarrow RCHO + 2H_2O}
 \mathrm{RCHO + 2OH \longrightarrow RCOOH + H_2O}
 \mathrm{RCOOH + OH \longrightarrow R + CO_2 + H_2O}


このように,有機化合物は完全にCO2まで酸化されるか,RCOOHのようなとして水中に残ります.結果として水中に炭酸イオンやカルボン酸イオンが生じます.
 \mathrm{RCOOH \rightleftharpoons RCOO^{-} + H^{+} }
 \mathrm{CO_2 + H_2O \rightleftharpoons H_2CO_3 \rightleftharpoons HCO_3^{-} + H^{+} \rightleftharpoons CO_3^{2-} + 2H^{+}}
このようなイオンは,イオン交換樹脂などによって除去する必要があります.

4.超純水への道のり

飲み水として使用する分には,水の純度はそこまで高くなくても問題ありません.しかし工業用途に使用する場合は,場合によってはきわめて高い純度が必要となります.


水は古くから飲料用としてだけでなく,動力源としても使用されてきました.水車はその一例で,西アジア一帯では穀物を粉にする石臼をまわすのに使われ,やがてヨーロッパでも広く普及していきました.

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シューベルト作曲 歌曲集《美しき水車小屋の娘*3

18世紀には鉱石を粉砕したり,冶金炉用のふいご,紡績機械の動力源としても使用されるようになりました.


産業革命期に入ると蒸気機関が開発され*4,動力源は徐々に水車から蒸気動力にシフトしていきました.

James Wattの設計した蒸気機関

蒸気機関では,ボイラーで発生させた蒸気の圧力でシリンダー*5のピストンを動かし,往復運動で動力を得ます.蒸気機関の改良で有名なジェームズ・ワット (James Watt, 1736-1819) 1780年代に回転運動のできる蒸気機関の開発に取り組み,応用の幅を格段に広げました.蒸気機関は紡績,綿織物,製紙,製材,製鉄,製粉などさまざまな産業で動力源として使用されるようになります.


当時の蒸気機関は,河川の水地下水をボイラーに給水して使用していました.しかしながらこれらの水にはCa2+Mg2+が含まれています.ボイラーの中で水が蒸発するたびにこれらの成分は凝縮され,CaCO3などとして析出してしまいました.
【参考】浄水(7):化学の力で軟水にする


ボイラー内壁に析出したCaCO3は放置してしまうとボイラーの熱効率を低下させたり詰まらせて大爆発を引き起こすなどのトラブルを引き起こしてしまいます.当初は析出を防ぐ方法も特になかったので,がんばって削り取るしかなかったようです.


あるとき,たまたま作業員が運転中のボイラーの熱でじゃがいもを蒸して食べようとして入れておいたところ,うっかり取り出すのを忘れてしまいました.すると,不思議なことにそのボイラーではCaCO3などの析出が少なくなりました.


実はじゃがいもに含まれるデンプンがCaCO3などの結晶化を防いでいたのです.それからはじゃがいもやさつまいもなどをボイラーに入れる方法が各国で採用されていきました.


19世紀に入るとボイラーの高圧高温化が進みます*6.当時はあくまで経験則でしたが,高圧化することで蒸気が高温になり,熱効率の向上が見込めるためです*7


ボイラーの高効率化が求められた背景には,もちろん船舶などへの活用もあったのですが,他にもこの時代に登場した新たな動力源も関係しています.電力です*8

Ernst Werner von Siemens (1816–1892)

1866年にドイツのエルンスト・ヴェルナー・フォン・ジーメンス (Ernst Werner von Siemens, 1816–1892) 発電機を実用化し,1881年にはロンドンに火力発電所が建設されました.


電気の時代が到来したことで蒸気の役目も終わったようにみえますが,実際には電気モーターを動かすために蒸気の力が必要でした.火力発電所でも,結局は火力で水を加熱することで発生した蒸気がタービンを回すことで電力を生み出しています.


電力が普及するにつれボイラーも大容量化,高温・高圧化が進みました.19世紀末に使用されていたボイラーは1.4 MPa,300℃程度でしたが,1926年にはドイツで18 MPa,450℃に達するベンソンボイラーが発明されます.1950年代以降は超臨界(22 MPa以上,374℃以上)と呼ばれる蒸発の限界を超えた状態で運用されるものもでてきました.


このように高温・高圧化が進むと,給水中の不純物によるトラブルがよりシビアになります.CaCO3の析出に関しても,何かしら手を加えて結晶化を防ぐだけでは足りなさそうです.


そこで,そもそもCa2+をほぼ完全に取り除いてしまおうという発想が出てきました.これに活用されたのがイオン交換です.

イオン交換樹脂は1930年代に発明され,無機イオンの除去が容易になりました.第二次世界大戦の戦後処理が終わり,1950年代になるとよりたくさんイオン交換可能なタイプの樹脂が発明され,工業への応用が進みます.ボイラー用水もその1つでした.
【参考】浄水(8):軟水化の歴史


イオン交換は無機イオンをほぼゼロにすることのできる画期的な技術でしたが,欠点がありました.それは,イオン交換樹脂により交換可能なイオンの量には限界があり,樹脂の再生にかかるコストがバカにならないという点です.


実際,イオン交換によって海水を淡水に変えようとする試みもありましたが,やはりコストが見合わないということで頓挫しました.


戦後のアメリカでは「20世紀末にはアメリカは水不足になって将来があぶない」という危機感が広まり,海水を淡水化する研究が盛んにおこなわれていました.その中で注目されたのが膜ろ過です.
【参考】浄水(2):ろ過の歴史

逆浸透膜 By Twhair - Own work, CC BY-SA 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=36829194

1953年にフロリダ大学のReidによって逆浸透膜による海水の淡水化が提唱され,1960年代には実用的なレベルでの淡水化に成功しました.その後の膜ろ過技術の発展によってより純度の高い純水・超純水の製造が可能になりました.


こうした高純度の水はボイラー用水へ役立てられただけでなく,当時発展しつつあった半導体産業にとって不可欠なものとなりました.


1947年,半導体を用いた電気回路素子であるトランジスタが発明されエレクトロニクスに革命がおきました.トランジスタ真空管*9のような機能を持ちつつ,かつ熱を発さず半永久的に使えるということで「3本足の魔術師」と呼ばれました.

最初のトランジスタ(レプリカ)

トランジスタは単なる素子ですので,これを抵抗やダイオードコンデンサーなどとつないで電子回路をつくる必要があります.普通は基板の上に部品をどういう風に配置してつなげるかを考えそうなものですが,1958年,テキサス・インスツルメント社は小さな半導体の結晶板(チップ)上にトランジスタ・抵抗・ダイオードコンデンサーなどすべてをまとめて配置してしまう技術を開発します.これが集積回路(IC)です*10

最初の集積回路 By http://www.ti.com/corp/graphics/press/image/on_line/co1034.jpg, Fair use, https://en.wikipedia.org/w/index.php?curid=19287598

集積回路の製造では,不純物の混入に十分すぎるくらい注意が必要です.原料となるケイ素Siはケイ石から精製されますが,その純度は99.999999999%,いわゆるイレブン・ナインの純度が要求されるというのですから驚きです.これは,1000億個のSi原子の中にたった1個,異物の原子が含まれる計算です.


集積回路は,チップに回路を光学的にプリントして焼き付けてつくります.その際にフォトレジストと呼ばれる感光剤を使用するのですが,このフォトレジストの溶解と除去のために水で何度も洗浄する必要があります*11.この洗浄に使う水も,もちろんとても高い純度が求められます.不純物があるとショートなどの原因になるからです*12


不純物をまったく含まない水は電気を通さず,抵抗は18.25 MΩ・cmと非常に高くなります.64 Kビットの半導体メモリの洗浄には17 MΩ・cm以上,4 Mビットでは18 MΩ・cm以上の水が必要です. 水道水が0.005 MΩ・cm,ボイラー用水が0.1 MΩ・cm程度であることを考えると非常に高い要求水準であることがわかります. 6インチの結晶板(ウエハー)を洗浄するのに,超純水が1.2 t必要と言われています.

ウエハー By German Wikipediabiatch, original upload 7. Okt 2004 by Stahlkocher de:Bild:Wafer 2 Zoll bis 8 Zoll.jpg, CC BY-SA 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=928106

このような要求水準を満たす超純水を大量に製造するには,当然イオン交換樹脂のみでは歯が立ちません.そこで新たな浄水技術であった逆浸透膜などを活用した膜ろ過が取り入れられ,やがて溶存酸素を取り除く脱気膜真空紫外線による有機物酸化,UV-Cによる微生物殺菌技術などが組み合わされるようになりました.イオン交換技術についても連続イオン交換などの方法が開発されています.


集積回路がどんどん高性能化するにしたがい,洗浄水に要求される純度もどんどん高くなっています.このように,現在も終わりなき不純物ゼロへの挑戦が続いています.

5.まとめ

半導体産業とともに発展した超純水製造技術は,やがて精密機器の洗浄や医薬品製造,バイオ関連産業,原子力発電など幅広く活用されるようになりました.


研究室でもよくみられる超純水製造装置ですが,このような背景があると知ると,スイッチひとつで超純水が出てくるのは不思議な感じがします.


ちなみに超純水製造装置で有名なMilli-Qについて,その開発の歴史がこちらにまとめられています.興味のある方は是非見てみてください.
研究を支える陰の立役者、超純水製造装置の進化の秘密 | M-hub(エムハブ)



問題

Q. 従来,連続イオン交換では陰極側で炭酸カルシウムが析出することが問題となっていた.なぜ陰極側で炭酸カルシウムが析出しやすかったのでしょう?




A. 陰極側では下のように水酸化物イオンが発生し,pHが上昇する.
 \mathrm {2H_2O + 2 \textit{e}^{-} \longrightarrow 2OH^{-} + H_2 }
水中の炭酸イオンは,下のような平衡状態にある.
 \mathrm{HCO_3^{-} \rightleftharpoons CO_3^{2-} + H^{+}}
pHが上昇しH+濃度が低下すると平衡は右に偏るため,水中のCO3-濃度が上昇する.
結果として,増加したCO3-が水中のCa2+と反応してCaCO3が析出する.
 \mathrm{ Ca^{2+} + CO_3^{-} \longrightarrow CaCO_3 \downarrow  }




ちなみに陰極近くに粒状活性炭の層を導入すると水酸化物イオンが発生しづらくなり,炭酸カルシウムの析出を防ぐことができます.

参考文献

Chemistry of Water Treatment, 2nd edition” S.D. Faust and O.M. Aly (1998).
”MWH's Water Treatment: Principles and Design, 3rd edition" J.C. Crittenden, et al. Wiley (2012).
"Water Quality and Treatment, 5th edition" R.D. Lettermen, The American Water Works Association (1999).
”The Quest for Pure Water" M. N. Waker, The American Water Works Association (1948).
『都市・地域 水代謝システムの歴史と技術』丹保憲仁,鹿島出版会 (2012).
(2013).
『超純水のはなし』岡崎稔,鈴木宏明,日刊工業新聞社 (2002).
『超純水超入門』日本ミリポア株式会社ラボラトリーウォーター事業部,羊土社 (2005).
『ものがつなぐ世界史』桃木至朗, ミネルヴァ書房 (2021).
”ボイラー技術の系統化調査” 寺本憲宗,技術の系統化調査報告 7,国立科学博物館 (2007).
"蒸気機関用ボイラの発達と材料技術との関係に関する研究" 小林学,科学史研究 41, 14-25 (2002)


目次 - 化学と歴史のネタ帳

*1:このほか,活性炭による有機物の除去も重要です.

*2:イオン交換膜と電極を使ってイオンを濃縮する原理は,1970年代以降日本で採用された海水から濃い塩水(かん水)を製造する原理と同じです.

*3:修業の旅に出た粉職人の若者が,美しい水車小屋の娘に恋をする,というストーリーです.この時代はマイスター制度のもと,若者が修行の旅に出る慣習があり,マーラーの『さすらう若者の歌』など様々なドイツ歌曲の題材に選ばれました.水車小屋はと言うと,これは建設・維持に大変なお金がかかるので,領主が設置し,農民に使用を強制してお金を徴収するという形で普及しました.水車小屋は農民にとって異質な存在だったため,恐れられ,蔑まれた時代もありました.

*4:蒸気機関の起源は,1699年にイギリスのトーマス・セイヴァリ (Thomas Savery, 1650頃-1715) が開発した「火を用いて水を揚げる機械」にさかのぼることができます.彼の蒸気機関はシリンダーを使わない単純な物でしたが,鉱山の排水を汲み上げることができました.セイヴァリの蒸気機関は高圧蒸気を使用するのが特徴です.圧力は0.8-1.0 MPa,温度は180℃に達したようですが,蒸気機関は銅や真鍮でつくられ,継ぎ目ははんだで接合されていたために高圧高温に耐えきれなかったようです.

*5:1712年にトーマス・ニューコメン (Thomas Newcomen, 1664-1729) シリンダーを活用した蒸気機関を実用化しました.彼の機関は大気圧 (約0.07 MPa) で作動し,シリンダー内部に冷水を噴射して蒸気を凝縮させるのが特徴でした.ダドリー城近くの炭鉱をはじめ,さまざまな鉱山で採用されていきました.やがてジェームズ・ワット (James Watt, 1736-1819) が蒸気を凝縮する工程をコンデンサとして分離した蒸気機関を開発し,燃料のロスが劇的に改善します.

*6:高圧高温に耐えるボイラーの開発のために形状や材料が見直されました.1844年,ウィリアム・フェアベーン (William Fairbairn, 1789-1874) らによって開発されたランカシャーボイラーは錬鉄を使用し0.3-0.4 MPaの圧力を達成していました.しかしながら,錬鉄は当時の製造方法では酸化物や不純物が混ざりやすく,腐食しやすいという欠点がありました.実際に多くのボイラー爆発事故が発生しました.1856年にヘンリー・ベッセマー (Henry Bessemer, 1813-1898) によって大量に溶融できる強靭なの製造方法(ベッセマー法)が発表されるとランカシャーボイラーなどにこれが使用されるようになり,1860年代には0.7 MPa, 19世紀末には1.1 MPaに達しました.

*7:一応,1824年にサディ・カルノー (Nicolas Leonard Sadi Carnot, 1796-1832) が高温化による熱効率の向上を理論的に示していますが,当時の技術者には難解だったようです.

*8:19世紀に入るとデンマークのハンス・クリスティアン・エルステッド (Hans Christian Ørsted, 1777-1851) やフランスのアンドレ=マリ・アンペール (André-Marie Ampère, 1775-1836) が電流と磁場に関する重要な研究を展開し,1831年にはイギリスのマイケル・ファラデー (Michael Faraday, 1791-1867) が磁場の中で銅製の円盤を回転させると電流が生じることを実証しました.発電の根本原理の発見です.

*9:20世紀初頭に発明された真空管は増幅作用をもち,発振,スイッチングなどに使える電気回路素子で,ラジオや通信機などに使われていました.1912年に真空管による電気信号の増幅に成功したのち,1915年にはニューヨーク〜サンフランシスコ間の大陸横断通話が実現しました.このように真空管は電気,通信において大きな進歩をもたらしたのですが,使用時に大量のを出し,冷却するのが大変という欠点がありました.そこでアメリカの物理学者ウィリアム・ブラッドフォード・ショックレー・ジュニア (William Bradford Shockley Jr., 1910-1989) は真空管の持つ優れた増幅作用を他の熱を出さない素材で作れないかと考え,ベル電話研究所でジョン・バーディーン (John Bardeen, 1908-1991),ウォルター・ブラッテン (Walter Houser Brattain, 1902-1987) らの協力を得て半導体を用いた接合トランジスタの開発に成功します.3人は1956年にノーベル物理学賞を受賞しました.ちなみにジョン・バーディーンは1972年に超伝導に関する理論でもノーベル物理学賞を受賞しています.

*10:テキサス・インスツルメント社は1954年にシリコン・トランジスタを開発していました.材料にゲルマニウムではなくシリコンを使ったことで化学的に安定な酸化物の薄い膜を形成できるようになったことが,集積回路の実現につながりました.初期の集積回路はチップに数十個の素子を固定しただけですが,やがて1万個,10万個,1000万個の素子を集積するようになります.

*11:他の段階でも水による洗浄が必要です.

*12:ドープの制御や絶縁膜の形成などにも影響します.