化学と歴史のネタ帳

身近にひそむ化学と歴史を,高校までの知識をベースに解説する化学史系ブログです.

洗濯(1):汚れはなぜ落ちる?

衣服の汚れは洗濯で落とすことができます.

なぜ洗濯でよごれが落ちるのでしょうか?


洗濯で汚れが落ちる化学的なしくみについて,みていきましょう.



洗濯(1):汚れはなぜ落ちる?
洗濯(2):石鹸の歴史
洗濯(3):合成洗剤
洗濯(4):アルカリ剤
洗濯(5):イオンの封鎖
洗濯(6):酵素パワー
洗濯(7):塩素漂白の誕生
洗濯(8):酸素系漂白剤
洗濯(9):白くみせる,増白
洗濯(10):ドライクリーニング

1.衣服の繊維

衣服はどんな繊維でできているのでしょうか?

世界を見渡すと,繊維生産量のうち綿 (42%) や羊毛・絹糸 (3%) といった天然繊維は全体の45%を占めます*1.残りは合成繊維 (50%) やレーヨン・アセテート (5%) などの化学繊維です.合成繊維には,ポリエステル・ナイロン・アクリルなどがあります.


洗濯をするうえでは,ざっくりと繊維に対するイメージがあると心強いです.洗濯はアルカリ性であることが多く,洗濯機で洗濯すると物理的な力がかかります.繊維がこういった条件に耐えられるか,が重要なポイントです.


基本的には繊維は小さな化合物がたくさん連なったもの(高分子)だと考えて差し支えありません.化合物の種類によって,またつながり方によって繊維の性質が大きく変化します.


自然界にあるものから作った繊維は,植物から作ったのか,動物から作ったのかに分けることができます.



植物から作られるのは,木綿や麻,リネンです.リネンは人工物っぽい名前ですが,亜麻の繊維からできています.これらはセルロースとよばれる,グルコースと呼ばれる糖がたくさんつらなったセルロース繊維です.グルコースグリコシド結合を介してつながっています.

この結合は酸に弱いのが特徴です.酸が触媒して加水分解します.


一方で,セルロース繊維はアルカリや物理的な力にも強いです.普通に何も気にせず洗濯できます*2



動物の毛や糸から作られるのはウール (羊毛),シルク (カイコの繭),カシミア(カシミアヤギの毛) などです.これらは人間の髪とおなじく,タンパク質でできており,タンパク質繊維と呼ばれます.


タンパク質はアミノ酸がたくさん連なった構造をしています.アミノ酸ペプチド結合を介してつながってます.

ペプチド結合は酸でもアルカリでも切れやすくなりますが,とくにアルカリ性では切れる加水分解反応が早く進みます*3


そのため,ウールなどタンパク質繊維はアルカリに弱く,また物理的な力にも弱い場合が多いです.洗濯機での洗濯は難しいです.


この他,ポリエステルなどナイロンなど人工的に化学反応で合成された合成繊維があります.これらは比較的pH変化や物理的な力にも強いです.大抵は洗濯機で普通に洗えますが,物により異なるので表示をよく確認しましょう.

2.どんな汚れがついている?

衣服にはどのようなよごれが付いているのでしょうか?

《洗濯をする小間使い(洗濯女)》*4ジャン・シメオン・シャルダン ,1737年,油彩

よごれは色々な物質の混合物で,その組成は着ている人や服の用途などによって大きく異なります.まずは服の汚れを「人体からのよごれ」と「環境からのよごれ」に分類してみましょう.


人体からのよごれには,汗・皮脂・血液・尿などの分泌物や古くなりはがれ落ちた角質などがあります.特に,はがれ落ちた角質と汗,皮脂,ほこりなどが混じり合ったものはと呼ばれています.


は99.5%が水分ですが,そのほかに塩化ナトリウムや尿素・乳酸,アンモニアなどが含まれています.汗と尿は,含まれている量こそ違えど物質の種類は似ているので,汗は薄められた尿だという人もいます.ちょっと嫌ですね.

物質 尿
NaCl 0.648-0.987 1.538
尿素 0.086-0.173 1.742
乳酸 0.034-0.107 0.355
アンモニア 0.010-0.018 0.041
アミノ酸 0.013-0.020 0.073

汗は1日に3L,多い人で11-12 L分泌されるといわれ,衣服をぬらします.


汗そのものはほぼ無色無臭なのですが,皮脂やアカが皮膚表面の細菌によって分解されたり空気中で酸化されると悪臭のする脂肪酸やケトン,アルデヒドを発生させるようになります.

それぞれ臭いに特徴があり,3-ヒドロキシ-3-メチルヘキサン酸 (HMHA) は脇のスパイシーな臭い,3-メチル-2-ヘキセン酸 (TMHA) は古い雑巾みたいな臭い,2-ノネナールは加齢臭,イソ吉草酸は足の臭いがします.


特に尿素アミノ酸といった窒素化合物は分解されるとアンモニア化合物に変化し,アルカリ性に弱い絹などのタンパク質繊維にダメージを与えてしまいます.


汗には微量ながら酸化酵素が含まれています.これらは服の染料を酸化してしまうことがあり,結果として色柄物がいろあせてしまうようなことも起こります.また,乳酸など酸性の化合物は酸に弱い綿などのセルロース繊維も傷つけてしまいます.このように,汗は繊維自体にダメージを与えてしまう可能性があります.


皮脂とは,皮脂腺から分泌され,皮膚表面に膜をつくって皮膚を保護する役割をするものです.皮脂にはトリグリセリド,遊離脂肪酸,ワックスエステル,スクアレンなどが含まれています.

皮脂は1日に約14 mL分泌されるといわれいます.夏より冬に多く,また首や背中の部分に多く分泌されます.一般に,子供の方が分泌量が多く,また男性よりも女性の方が分泌量が多いようです.このように分泌された皮脂はもちろん服にも付着します.


皮脂はいったん服につくと洗い落とすのがなかなか難しくなります.皮脂汚れはそのまま何日も経過すると空気中で酸化され,黄ばみの原因となります.

また,えりや袖口では付着した皮脂がほかの汚れのボンド役をし,空気中のちりやほこりがしっかりとはりついてしまいます.


環境に由来するよごれは主に空気中に浮遊しているちりやほこり,ススなどですが,飲食物や化粧品,塗料なども含まれます.


ちりほこりの大半は,土の中の粘土質が乾燥して舞い上がったものです.これらの成分としてはSiO2やFe2O3,Al2O3が大部分をしめ,そのほかに酸化カルシウムCaOや酸化マグネシウムMgOが含まれます.ススは油の燃焼などで生じるもので,炭素Cが主要な成分です.


人体や環境からのよごれは性質で分類することができます.水に溶ける水溶性よごれ水洗いでかんたんに取り除くことができます.汗や尿の成分がこれに該当します.血液や食品にふくまれるタンパク質はすぐに水洗いすればある程度除去することができますが,時間が経つと不溶性になり水洗いでは落ちなくなります.


油に溶ける油性よごれは,皮脂や食品の油脂,機械の油などがあげられます.油性よごれは水洗いで落とすことはできませんが,洗剤を使うと落とすことができます.

よごれはそのままにしておくと細菌の栄養源となり,どんどん繁殖してしまいます.もちろんすべての細菌が病気の原因となるわけではありませんが,皮膚のトラブルの原因となります.そのため,よごれを洗濯によって取り除くことが必要となるわけです.

3.衝撃力の効果

上にあげた汚れの他に,ススなどの疎水性の粒子や粘土などの親水性の粒子といった固体粒子よごれがあります.よごれ粒子の大きさはさまざまですが,小さい粒子は繊維の奥深くまで入り込むため,除去されづらいです.


こうした汚れを取るには,衝撃力が有効です.衝撃や変形によって衣服の中に水が入り込み,繊維からよごれを脱理させるからです.

Jakub Hałun - 投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=94106802による

洗濯機での「洗い」でもこのような機械力による洗浄効果が重要です.現代では,局所的によごれを落とすために超音波を使うこともあるようです.


衝撃力は古来から洗浄剤とともに活用されてきました.

ベニハッサン墳墓の壁画.左上に洗濯の動作が描かれている.By https://wellcomeimages.org/indexplus/obf_images/00/e1/66bc2eed6cd6e8d83eb589d978a3.jpg Gallery: https://wellcomeimages.org/indexplus/image/M0006214.htmlWellcome Collection gallery (2018-03-29): https://wellcomecollection.org/works/ta2axeqb CC-BY-4.0, CC BY 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=36327675

紀元前2000年頃のエジプトのベニハッサンの岩墳壁画には,布をふり洗いしている人やたたき洗いしている人の姿が描かれていました.古代ローマでも,墳墓の洗濯所の絵には踏み洗いしている洗濯職人が描かれています.


日本でもこの衝撃の力を利用して洗濯が行われていました.平安時代には踏み洗いをしている記録が扇面古写経や信貴山縁起絵巻に描かれています.鎌倉・室町時代石山寺縁起絵巻や宇治茶摘図屏風には,たらいを使って衣服を手洗いしている様子が描かれています.

4.界面活性剤の役割

水に溶ける汚れであれば,水で洗うだけで十分落ちます.しかし水に溶けない汚れがある場合には,洗剤の力を借りる必要があります.


洗剤には汚れを落とす主成分として,界面活性剤が含まれています.界面活性剤は,一つの分子内に水になじみやすい部分(親水基)と水に馴染まない部分(疎水基)をあわせもつ物質です.

洗剤でよく使われる陰イオン界面活性剤は,親水基がマイナスに帯電しており水分子をひきつけます.代表的なものは石けんやLAS,AS,AES,AOSなどです*5


界面活性剤を水に溶かすと,疎水基は水から逃れようとして水の表面に集まります.これにより水の表面張力が低下します.

このような現象は,液体の表面だけでなく,固体と液体の界面や水と油の界面などでも起き,界面張力を低下させます.

界面に吸着して界面張力を低下させる性質を界面活性と呼びます.


界面活性剤により水の表面張力を低下させると,水をはじく素材をぬれさせることができます.これにより不思議なことが起きます.

例えば,アメンボは水の表面張力をいかして水面に浮いていますが,洗剤を加えて水の表面張力を低下させるとしずんでしまいます.


似たように,ヒルは水の表面張力によって羽毛の中に水が入るのを防いでおり,そこにためた空気で浮かんでいます.しかし洗剤を加えて水の表面張力を低下させると羽毛の中に水がはいってきてしまうため,アヒルは水にしずんでしまいます.


洗濯において繊維がぬれると繊維と汚れの間の付着力が減少します.「ぬれ」は洗濯の第一段階となる重要な現象です.


親水性の繊維に付着した油汚れの場合,洗浄液にひたすと「ぬれ」の影響で油汚れが自然と球状に巻き上げられて繊維から離れます.これをローリングアップといいます.動画でみると,なかなかきれいです.

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一方,ポリエステルなど疎水性(親油性)繊維に付着した油汚れは,きれいにはローリングアップされません.この場合,残った汚れに界面活性剤が吸着すると,汚れと洗浄液の界面にはたらく界面張力が低下します.これにより汚れが細かく分散して繊維から離れます*6


固体粒子の汚れはどのように取り除かれるのでしょうか?


ほこりや泥のような固体粒子よごれは,繊維表面などに集まって付着しています.「ぬれ」によって洗浄液が浸透し,繊維やよごれ粒子が帯電します.帯電した繊維やよごれ粒子に界面活性剤が吸着すると,双方にくっついた界面活性剤分子間で電気的な反発が生じます.これにより,繊維表面からよごれが離脱しやすくなります

5.洗剤の濃度はどのくらい?

このように汚れを落としてくれる洗剤ですが,たくさん入れればその分汚れは落ちるのでしょうか?


実際にはそんなことはありません.洗剤の洗浄力は,ある濃度までは洗剤濃度の増加につれて洗浄力も上昇しますが,それ以上濃度が増しても洗浄力の上昇はみられなくなります*7

原因はいろいろ考えられますが,ひとつには界面活性剤がある濃度で集合体(ミセル)をつくりはじめる点があげられます.

このような集合体を形成すると,洗浄力にも影響が出るようです.実際,このような集合体をつくりはじめる濃度よりもやや高いところで洗浄力がMAXとなる場合が多いです.それ以上では,かえって洗浄効果が落ちてしまう場合もあります.


このように,洗剤をたくさんいれてもある濃度からは洗浄力は上昇しませんので,経済面・環境面から考えると製品ごとに決められた量を加えるのがよさそうです.


ちなみに,羊毛製品の場合は洗剤濃度が低いと収縮しやすい性質があります.洗剤濃度は低すぎても高すぎても良くないということですね.

6.洗濯の温度はどのくらい?

洗剤を使って洗濯する時,水とお湯のどちらが良いのでしょうか?

油脂などのよごれは40−60℃で溶けて落ちやすくなるため,水よりもお湯の方が良さそうです.


一方で,温度が高過ぎるといろんな問題もあります.例えばポリエステルなどでは一度落ちた汚れが再び吸着する再汚染が起こりやすくなり,またウールやシルクといったタンパク質繊維などは高温によるダメージが無視できません.


そのため,本来は繊維の種類によって洗濯温度を変えるのが良いということになります.綿・麻は高温洗濯が適しています.


と,科学的に洗濯のみを考えれば高温洗濯にはメリットが十分にあるのですが,経済面を考えると話が変わります.水を加熱するのにはずいぶんエネルギーが必要だからです.


かつてヨーロッパでは70−80℃,アメリカでは50−60℃で洗濯する習慣がありましたが,こういった事情から徐々に低温洗濯へとシフトしつつあるようです.


低温洗濯では水に溶けやすいタイプの洗剤が望ましいです.石けんや粉末状・顆粒状の合成洗剤はなかなか溶けるのに時間がかかります.一方で液体洗剤は低温の水でも良く溶けます.

7.洗濯に泡は必要?

洗剤を水に入れると,ができやすくなりますね.泡は洗濯にとってどのような効果があるのでしょうか?

水を勢いよくかき混ぜると,一瞬泡ができますが,すぐになくなります.これは水の表面張力が強く,泡を押しつぶすからです.


一方,界面活性剤をいれると水の表面張力が低下します.そうすると泡が残り,結果として界面活性剤を入れた水は泡立ちやすくなります.


よく泡立っていた方が洗濯に効果がありそうですが,過去の研究によると,泡は洗濯にとっては不利に働くようです.泡はほとんどが空気ですので,よく考えたら当たり前かもしれません.


かつて洗剤メーカーはこのような知見から消泡剤をいれて洗浄効果の高い洗剤を売り出そうとしたことがありました.しかしながら消費者は,泡だたない洗剤は汚れの落ちが悪いように感じ,泡立ちの悪い洗剤を買うのを避けてしまったのです.そこで洗剤メーカーはしかたなく増泡剤をいれた,なんていう話があります.


ちなみに,シャンプーでは泡立つことで洗浄液が流れ落ちにくくなり,また頭髪どうしの滑りをよくして損傷を防ぐなどの効果があります.こういった事情からシャンプーは泡立つメリットの方が大きく,泡立ちやすい組成になっています.

8.まとめ

洗濯は奥が深いですね.繊維の性質は高分子化学,洗剤の性質は界面化学,人体からのよごれは生理学といろんな知識が必要そうです.


どの洗剤がよごれを1番落とすか,自由研究してみるのも楽しそうですね.


次回は石鹸の歴史を見てみましょう.

参考文献

『洗濯と洗剤の科学』阿部幸子,放送大学教育振興会 (1998).
『洗剤と洗浄の科学』中西茂子,コロナ社 (1995).
『図解やさしくわかる界面化学入門』前野昌弘,日刊工業新聞社 (2014).
『洗剤・洗浄百科事典』皆川基, 藤井富美子, 大矢勝,朝倉書店 (2007).
『化学洗浄の理論と実際』福﨑智司,兼松秀行,伊藤日出生,米田出版 (2011).
『家庭用洗剤分野における界面活性剤』岡野知道,オレオサイエンス,2, 91-99 (2002)
"ULLMANN'S Encyclopedia of Industrial Chemistry" Wiley-VCH Verlag GmbH & Co. KGaA (2002).
”Handbook of Instustrial Chemistry and Biotechnology, 13th edition" J.A. Kent, T.V. Bommaraju and S.D. Barnicki, Springer (2017).
"Body malodours and their topical treatment agents" M. Kanlayavattanakul,N. Lourith, International Journal of Cosmetic Science, 33, 298-311 (2011).

*1:1998年時点.

*2:レーヨンやキュプラ,テンセル,アセテートなどは植物由来ではありますが,化学的な処理を加えて作ってあるので性質が異なります.水や摩擦に弱いので,通常の洗濯機での洗濯は難しいです.

*3:ウールとシルクでも若干アルカリに対する耐性は異なります.

*4:白が効果的に配置されています.当時の人々にとっての白の意味は,増白の回で詳しく見てみましょう.

*5:LASは直鎖アルキルベンゼンスルホン酸塩,ASはアルキル硫酸エステル塩,AESはアルキルエーテル硫酸エステル塩,AOSはアルファオレフィンスルホン酸塩です.

*6:これは乳化と呼ばれる現象に分類されます.実際にはローリングアップか乳化かどちらか一方のみが起こるわけでは無く,同時に進行します.

*7:図は,ウールから混合油(オリーブ油とオレイン酸)をどれだけ除去できたかをn-ドデシル硫酸塩濃度に対してプロットした過去文献データをもとに作成.