化学と歴史のネタ帳

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再結晶(2):再結晶の収量の公式?

「再結晶をさあやってみるぞ」となったとき,「どのくらいの水に溶かそう?」という問題にぶつかります.特に得られる結晶が水和物の場合は,計算がたいへんです.私自身,この手の計算は苦手だった記憶があります.


ところで高校物理では公式を覚え,そこに実際の数値を代入します.再結晶の収量も,同じように公式は作れないでしょうか?


それではやってみましょう.


再結晶(1):再結晶できれいな結晶を得るには?
再結晶(2):再結晶の収量の公式?



1.水和物を作らない結晶で,水が蒸発しない場合

結晶が得られる前,得られた後の水溶液濃度がわかっている場合の結晶収量を求めてみましょう.かんたんのため,まずは水和物を作らない結晶硝酸カリウムなど)で,水が蒸発しない場合を考えます.


はじめの溶液濃度を{c _ {1}},終わりの濃度を{c _ {2}}とし,物質を溶かすのに用いたはじめの水の量を{W _ {1}} gとします.*1


ここで,溶液濃度は溶質が,水1 gあたり何g溶けているか?であらわすことにします.例えば硝酸カリウム110 gを水{W _ {1} = 100} gに溶かしたとき,{c _ {1} = 1.1} となります.


得られた結晶が Y gのとき,以下の式が成り立ちます.

W _ {1} c _ {1} = Y + W_1 c_2 \tag{1}


したがって,

 Y = W_1 (c_1 - c_2 )  \tag{2}

となります.


よく考えたら,当たり前ですね.

2.水和物を作る結晶で,水が蒸発しない場合

次に,結晶が水和物を作る場合を考えましょう.例えば,硫酸銅五水和物CuSO4・5H2Oなどが挙げられます.


溶液濃度は,無水和物が水1 gあたり何g溶けているか?であらわすことにします.実際,化学便覧には無水和物の溶解度で載っていることが多いですからね.


例えばCuSO4・5H2O(分子量250) 50 gを水100 gに溶かした場合,溶けている無水和物のCuSO4 (分子量160) は
\displaystyle{50\times \frac{160}{250} = 32} gで,


水は水和物の分増えて
\displaystyle{100 + 50\times \frac{90}{250} = 118} gとなるため,
\displaystyle{c_2 = \frac{32}{118} = 約0.27} となります.


ちょっとややこしいですね.


また,水和物と無水和物の分子量の比Rとします.
CuSO4・5H2Oの場合,\displaystyle{R = \frac{250}{160} = 約1.56}となります.


得られた結晶がY gのとき,結晶中に水和物は
\displaystyle{Y-\frac{Y}{R} = Y (1-\frac{1}{R})} g 含まれることになります.


CuSO4・5H2O 250 gには,
\displaystyle{250- 250\times \frac{160}{250} = 90} g含まれますね.


結果として,結晶が析出したあとに残る水の質量\displaystyle{W_2}は,

\displaystyle{W_2 = W_1 - Y (1-\frac{1}{R})} \tag{3}

ですから,残った溶液中に含まれる無水和物の質量は,

\displaystyle{W_2 c_2 = \left\{ W_1 - Y (1-\frac{1}{R}) \right\} c_2} \tag{4}

です.


結晶の析出前後で無水和物の量は変わらないので

\displaystyle{  \begin{align}W_1 c_1 &= \frac{Y}{R} + W_2 c_2\\ &= \frac{Y}{R} + \left\{W_1 - Y (1-\frac{1}{R})\right\} c_2 \tag{5} \end{align}}

となります.


Yについて整理すると,

\displaystyle{ \begin{align}W_1 c_1 &= \frac{Y}{R} + W_1 c_2 - Y c_2 + Y \frac{c_2}{R} \\ W_1 R c_1 &= Y + W_1 R c_2 - Y R c_2 + Y c_2\\ W_1 R (c_1-c_2) &= Y (1 - R c_2 + c_2)\\ \\Y &= \frac {W_1 R (c_1-c_2)}{1 - c_2 (R-1)}  \tag{6} \end{align}}

という式が得られます.


これが結晶が水和物の場合の一般式です.

たいへんですね.


なお,水の量ではなくはじめの水溶液の量 w_1がわかっている場合,
\displaystyle{w_1 = W_1 c_1 + W_1 = W_1 (1+c_1)}ですので,


式(6)に \displaystyle{W_1 = \frac{w_1}{1+c_1}}を代入して,

\displaystyle{Y = \frac{w_1 R (c_1 - c_2)}{(1+c_1) \left\{1-c_2(R-1) \right\}} }  \tag{7}


となります.


使いやすくなりましたね(?)

3.水和物を作る結晶で,水が蒸発する場合

水がV g蒸発した場合はどうなるでしょう?


析出したあとに残る水の質量はW_2-Vとなりますから,

\displaystyle{ \begin{align} W_1 c_1 &= \frac{Y}{R} + (W_2-V) c_2\\ &= \frac{Y}{R} + \left\{W_1-V-Y (1-\frac{1}{R})\right\}c_2  \tag{8} \end{align}}

を解けば良いことになります.


結果として,

\displaystyle{Y = \frac{W_1 R c_1 - R(W_1-V)c_2}{1-c_2(R-1)} } \tag{9}

が得られます.


ちなみに,結晶が水和物を作らない場合R = 1として,

\displaystyle{ \begin{align} Y &= \frac{W_1 c_1 - W_1 c_2+V c_2}{1-0}\\ \\&= W_1 (c_1-c_2) + V c_2   \tag{10} \end{align}}

となります.

4.水の蒸発量は?

水の蒸発量については,ある条件下で計算が可能です.


加熱によって蒸発させている場合の熱収支を考えましょう.溶液に与えられた熱量をQ,溶液に吸収された熱量をQ_s,蒸発で失われた熱量をQ_v,結晶化で発生した熱量をQ_cとします.


このとき,熱収支の式は
 Q -Q_s -Q_v+Q_c = 0  \tag{11}


真空にすることで溶液を蒸発させている場合,Q = 0ですから,

 -Q_s -Q_v + Q_c = 0 \ \tag{12}

となります.


1 gあたりの蒸発に必要な熱量を \lambda _v, 結晶1 gあたり結晶化に伴い発生する熱量を \lambda _cとします.


蒸発や結晶化により溶液の温度はT_1からT_2へと変化します.

このとき,溶液1 gあたりの平均比熱容量をC_pとすると,

 \displaystyle{Q_s = -C_p(T_2-T_1)w_1 = C_p (T_1-T_2) W_1 (1+c_1)}
 Q_v = V \lambda_v
 Q_c=Y \lambda_c

となりますので,熱収支は

 -C_p (T_2-T_1)W_1(1+c_1) -V \lambda_v + Y \lambda_c = 0  \tag{13} 

となります.


ここで式(9)を用いると,以下のようになります(!)*2

\displaystyle{V = W_1 \cdot \frac{\lambda_c R ( C_1-C_2)+C_p(T_1-T_2)(1+C_1)\left\{1-C_2(R-1)\right\} }{\lambda_v \left\{1-C_2 (R-1)\right\}-\lambda_c R C_2}} \tag{14}


ここまでくると大変マニアックですね.
全く覚えられる気がしません.


ただし,熱収支の式をたてるあたりの考え方は,たいへん重要です.

5.まとめ

なかなか大変でしたね.


公式が教科書や参考書に載っていない意味がわかる気がします.覚えるより計算したほうが早そうですからね.


もっとも,計算の考え方は身につけておいたほうが良さそうです.

問題

Q. 硫酸銅五水和物CuSO4・5H2O(分子量250) の 80℃の飽和水溶液100 gを20℃まで冷却して結晶を得た.理論収量は何gか?
ただし,溶解度を飽和溶液で水100 gあたりに溶ける溶質の質量[g]としたとき,硫酸銅CuSO4 (分子量160) の溶解度は20℃で2080℃で56とする.


A. 式(7)で,w_1 = 100\displaystyle{R = \frac{250}{160}=1.5625}\displaystyle{c_1 = \frac{56}{100}=0.56}\displaystyle{c_2 = \frac{20}{100}=0.2}として,


\displaystyle{Y=\frac{100\cdot 1.5625  (0.56- 0.2)}{(1+0.56)\left\{1-0.2 (1.5625-1)\right\}}=約41}g

参考文献

晶析工学 久保田徳昭 編著
Industrial Crystallization, A.W. Bamforth
 


目次 - 化学と歴史のネタ帳

*1:晶析工学ではkgで考えることが多いみたいです

*2:多分これであっているはずです