みなさんは再結晶の実験をしたことがありますでしょうか?
自分は正直うろ覚えなのですが,小学校で「ミョウバン水溶液から大きくきれいな結晶を得よう!」みたいな実験をしていた記憶があります.
頑張れば結構大きな結晶が得られるらしいので,夏休みの自由研究では親子で再結晶に情熱を燃やしました!なんて方もいるかもしれません.
どうやら「大きな結晶」を得るには「ゆっくり冷やす」と良いという話は習った記憶があるのですが,「きれいな結晶」を得るにはどうしたらよいか?という話はどうも聞いた記憶がありません.
そこで気になって大学の教科書を引っ張り出して調べてみたところ,意外と奥が深かったのでこちらにまとめてみようと思います.
再結晶(1):再結晶できれいな結晶を得るには?
1.再結晶とは?
そもそも,再結晶とは何でしょうか?
教科書的には,粗結晶から不純物を取り除き,不純物の少ない結晶として取り出す操作のことを言います.
一般的なのは温度に応じた溶解度の変化を活用する方法です.加熱しながらミョウバンを水に溶かし,放冷することで結晶を得るのも同じ原理です.
学校では溶解度曲線というものを習い,これを活用することで再結晶のしくみを説明します.
温度に対する溶解度曲線はこんな感じです.
よく知られているのはNaClやCuSO4など加熱するほど溶ける物質ですが,Ca(OH)2など加熱するほど溶けにくくなるものも存在します.このあたりについては色々と面白い物質もあるので,いずれまとめてみたいと思います.
再結晶操作の場合には,冷却時に結晶が析出するように粗結晶を溶媒に溶かします.
この点を点Aとして,冷却してみましょう.
どんどん温度が低くなるにつれて左に移動し,やがて溶解度曲線に達します(点B).
ここを超えて冷却をすすめるとすぐに結晶が出てきそうな気もしますが,実際にはまだ結晶が析出しないことが多いです.この状態を過飽和(点C)といいます.
この状態は熱力学的には不安定で,衝撃が加わったり,より冷却が進んだりすると,ある瞬間に一気に結晶の析出が始まります(点D).そうすると結晶がどんどん析出して,溶解度曲線に達すると析出が止まります(点E).
このように,再結晶のしくみは溶解度曲線と過飽和という概念を用いることで説明することができます.詳細なメカニズムはわかっていないことが多いのですが,「ゆっくり冷やすと大きな結晶が得られる」という話は,このD-E間での速度をコントロールしていることに対応すると考えられます.
では,冷却速度の違いがなぜ結晶の析出速度に影響するのでしょうか?
そのためには,まず点Dで何が起きているのかを詳しく見ていく必要があります.
2.核生成と結晶成長
古典的なモデルでは,核と呼ばれる,数個のイオン,原子,または分子が集まってできた集合体が生成され(核生成),これが大きく成長することで(結晶成長),沈殿物が形成されます.
核生成速度が結晶成長速度を上回るとどんどん小さな核ができていくため,小さな粒子がたくさんできます.
反対に,結晶成長速度のほうが速い場合は少数の大きな粒子ができます.
速度の比較には,相対過飽和度を導入するとわかりやすいです.ここで,Qは溶質の濃度,Sは溶質の溶解度を示します.一般に,相対過飽和度の増加に従い核生成速度は非常に速くなり,結晶成長速度はそれほど速くならず,小さい結晶ができやすいことが知られています.
したがって,濃すぎる溶液を用意してしまうとQが大きくなるため相対過飽和度が増加し,核生成速度が速くなるため小さな結晶がたくさんできてしまいます.また,一般に沈殿速度は遅いため,急冷してしまうとSが小さくなり,相対過飽和度が増加し,結果として同様に小さな結晶しか得られなくなります.
反対に,大きな結晶が欲しければ核生成速度を遅くするため,相対過飽和度を低くする必要があります.うすい溶液をゆっくり冷やすと大きな結晶が得られるのはこのためです.
3.共沈
さて,ゆっくり冷やすと大きな結晶が得られるのはわかりましたが,果たしてこれは不純物の少ないきれいな結晶なのでしょうか?
ここではかんたんのため,不純物が一緒に沈殿する,共沈とよばれる現象にのみ着目したいと思います.共沈には,「A. 表面吸着」,「B. 混晶形成」,「C. 吸蔵や機械的取り込み」があります.*1
A 表面吸着
粒子の表面には,様々なイオンが吸着する場合があります.例えば硝酸銀水溶液中での塩化銀の沈殿を考えてみましょう.
硝酸銀水溶液中に懸濁した塩化銀コロイド粒子は,Ag+とCl-からなります.硝酸銀水溶液中にもAg+がたくさんありますので,粒子表面にはAg+が多く吸着し,固定層を形成します.
そのまわりには負イオンであるNO3-が固定層の周りに誘引され,拡散層を形成します*2.
このように,塩化銀コロイド粒子は周囲にAg+やNO3-からなる電気二重層を形成するわけですが,沈殿時にはこの周囲のイオンも一緒に沈殿してしまいます.結果として,塩化銀でなく,本来溶けたままであったはずの硝酸銀も共沈してしまうわけです.
吸着は表面積が大きい場合に非常に顕著になります.
そのため,吸着による影響をへらすには,表面積の小さい粒子,すなわち大きな結晶を得ることがポイントとなります.
例えばコロイドの場合は,高温で放置(熟成)すると水分子が追い出されて密度が高く,表面積が小さくなり純度が上がることが知られています.
また,洗浄したり,再結晶したりするのも効果的な方法でしょう.
B 混晶形成
イオン性結晶固体の場合に,結晶格子中のイオンが,不純物のイオンに入れ替わってしまうのが混晶形成です.
この置換は,二種類のイオンが同じ電荷をもち,同じようなサイズである場合によく起きます.
例えばBa2+とPb2+は電荷が同じでイオン半径が近いため,BaSO4の沈殿にPb2+が混ざってしまうと除去がたいへん難しくなります.
混晶形成を防ぐには,なんとかして置換を起こさせない条件づくりが必要です.
例えば特定のイオンを酸化させて電荷を変えたり,別の試薬を用いて先に沈殿させたりすることが考えられます.
C 吸蔵および機械的取り込み
結晶が急速に成長する際,まわりにあったイオンや水がとりこまれてしまうことがあります.
これが吸蔵,および機械的取り込みです.
宝石などではよく,インクルージョンという名前で知られています.
不純物の吸蔵や機械的取り込みは沈殿生成速度が速いときに生じやすいので,これを遅くしてやれば影響を最小限にとどめることができます.
先に紹介したように沈殿速度は相対過飽和度が高いときに速くなってしまいますので,うすい溶液でゆっくり冷やせば吸蔵や機械的取り込みを防ぐことができます.
4.純粋な結晶を得るには
純粋な結晶を得るには共沈の影響を最小限にしたほうが良さそうだ,ということがわかりました.
表面吸着については表面積を小さくすることで,吸蔵・機械的取り込みについてはゆっくり結晶化させることで防ぐことができますので,結果として相対過飽和度を低く保つことできれいな結晶を得られそうだ,という目星がたちました.
これはすなわち,大きな結晶を得るコツ「うすい溶液をゆっくり冷やす」と同じです.
もちろん実際には不純物がたまたま含まれてしまうこともあります.
その場合には,さらに再結晶操作を繰り返すことでより純度が高くなると期待されます.
このような再結晶操作は,自然界から有用な物質を取り出し,精製するのに非常に役立ちます.
ちなみにミョウバンは保存料として用いられるほか,染色や浄水に使われてきました.いろんな使い方があるんですね.
今度再結晶に挑戦する際には,ぜひ,きれいな結晶を析出させてみてください.
問題
Q. 硫酸銅の再結晶操作において,Cu2+と似た大きさのFe2+が不純物として取り込まれるのを防ぐにはどうしたらよいか?
A. 硝酸を加えFe2+をFe3+に酸化させてから再結晶を行う.
(詳細は以下のリンクに記載があります)
参考文献
クリスチャン分析化学 原書7版 原口 紘炁 訳
Quantitative Chemical Analysis 8th edition, Daniel C. Harris 著
晶析工学 久保田徳昭 編著