こすると火がつくマッチは大変便利です.
どのようなしくみで火がつくのでしょうか?
また,どのような歴史があるのでしょうか?
これから数回にわけて,しくみと歴史を見ていきたいと思います.
今回は,化学反応式をベースにマッチのしくみを見ていきましょう.
マッチ(1):マッチのしくみ
マッチ(2):点火装置の歴史
マッチ(3):リンとマッチの歴史
1.マッチの構造
現在,主につかわれているマッチは「安全マッチ」とよばれるもので,マッチ棒の先端についている頭薬をマッチ箱の側面にある側薬にこすりつけて火をおこします.安全マッチは頭薬と側薬をすりつけてはじめて火がつくので,西部劇の映画のように靴底でマッチをつける,といったことは難しいです*1.
頭薬や側薬のくみあわせはたくさんあるのですが,その中でも基本的なものをベースにしくみを見ていきましょう.
マッチ棒そのものは木でできていますが,事前に第二リン酸アンモニウム(NH4)2HPO4やリン酸二水素アンモニウムNH4H2PO4などがしみこませてあります.
先端にある頭薬は,塩素酸カリウムKClO3,酸化亜鉛ZnO,硫黄,二酸化マンガンMnO2,二クロム酸カリウムK2Cr2O7,炭酸カルシウムCaCO3などで構成されています*2. 松脂なども含まれます.
2.点火
マッチの点火のしくみは意外とわかっていません.そこで「だいたいこうじゃないか?」と考えられているモデルを紹介します*3.
マッチを箱にこすりつけたとき,頭薬のKClO3と側薬の赤リンが反応し,熱が発生します.*4
そしてこの熱*5により,主に硫黄とKClO3が反応し,点火します.
炎の温度は最初1350-1950℃くらいに達するようですが,その後松脂などが燃焼し,1500℃程度で一定になります.
日本ではじめてクラッカーを売り出した細谷政夫さんは,高等小学校*6の理科実験で先生が雷薬を爆発させていたのが記憶にあり,クラッカーを考案されたそうです.
その時の理科実験の実験が,頭薬と側薬の反応である塩素酸カリウムと赤リンの反応です.先生が塩素酸カリウムと赤リンの粉末を学生の細谷さんに混ぜさせ,それを先生がハンマーで殴って爆発させてみせたというのだそうです.すごい衝撃音で,細谷さんは大変びっくりして記憶に焼き付いたとのことです.
もちろんこの実験は非常に危険ですので,今では学校でやってみせることはもちろんできません.
以上が主な反応ですが,他にも様々な反応がおこると考えられています.例えばMnO2と硫黄の反応や,
KClO3とSb2S3の反応が挙げられます.これはクラッカーでも使われている反応ですね.
花火のしくみ(7):開発音,雷音,パチパチ音 - 化学と歴史のネタ帳
また,MnO2 は触媒としても有名です.実際,KClO3が分解し酸素を放出する反応を触媒すると考えられています.
一方,K2Cr2O7は強力な酸化剤です.硫黄と酸化還元反応をすると考えられます.
また,二クロム酸イオンCr2O72-は塩化物イオンCl-とともに塩素酸イオンClO3-の分解を促進する役割もあるようです.
このように,K2Cr2O7を加えることで,マッチの燃焼反応を促進させることができます.
ZnOは燃焼速度を調節する目的で加えられます*7.ZnOの粉末は比較的容易に手に入りますので,小さい粉末であれば表面積が大きくなり反応速度があがり,大きい粉末であれば表面積が小さくなり反応速度が遅くなります.結果として,粒径により反応速度を調節することで,点火時の感度や,燃焼速度をコントロールすることができます.
図にまとめるとおおよそこのようになります.複雑ですね!
3.防炎
マッチで火をおこすのはいいのですが,棒の部分まで燃えてしまったら大変です.そこで1870年以降,軸木が必要以上に燃えないようにリン酸アンモニウム塩などで処理されるようになりました*8.
なかでもリン酸二水素アンモニウムNH4H2PO4は粉末消火剤としても使用されており,研究が進んでいます.その消火作用のしくみをみてみましょう.
【参考】消火のしくみ(6):ケミカル
NH4H2PO4は熱によりリン酸H3PO4とNH3に分解します.
H3PO4は連続的に脱水され,無水リン酸P2O5にまでなります.
このように熱による分解や脱水により,炎の温度が下がります.
また一方で,熱分解によって生じたNH3は,炎中のOHと反応し,燃焼反応の進行を抑えます.
このように,NH4H2PO4を用いた粉末消火剤は炎の冷却や燃焼反応の阻害により速効的な消炎作用があり,様々な火災に対して有効であることが確認されています.
マッチの軸木でも,完全に同じとは言わないまでも似たようなしくみで防炎剤としてはたらいていると考えられます.
4.まとめ
意外と複雑でしたね!
基本的に点火は酸化剤のKClO3と可燃剤の赤リンとの反応ではあるのですが,いい感じの炎を得るためさらに様々な物質を加えてあります.
今回は説明に含めませんでしたが,他にもガラス粉や糊などさまざまな物質がつかわれています.
次回以降は,このようなマッチができてきた歴史について見ていきましょう.
問題
Q. 二クロム酸イオン,塩化物イオン,塩素酸イオンが含まれる溶液について,以下の反応を考える.
Ba2+を添加すると,酸全体TAの消費速度を調節できる.
(1) を平衡定数とイオン濃度を用いて表わせ.
(2) 酸全体の消費速度を平衡定数,速度定数,イオン濃度,TAを用いて表わせ.
(3) とする.に対してをプロットしたときの傾きを求めよ.
A.
(1)
(2)
(3) より,
参考文献
M.F. Crass, Jr. "A History of the Match Industry. Part I, II." Journal of Chemical Education, 18, 116-120 (1941).
J. Wisniak "Matches-The manufacture of fire" Indian Journal of Chemical Technology, 12, 369-380 (2005).
"An encyclopaedia of the history of technology" I. McNeil, Routledge (1990).
“Military and Civilian Pyrotechnics”
“Matchmaking: Science, Technology and Manufacture” C. A. Finch, S. Ramachandran, Ellis Horwood (1983).
J. Schlegel "Acid-Base Reactions in Fused Salts The Bichromate-Chlorate Reaction" J. Phys. Chem., 69, 3638-3640 (1965).
安藤 直次郎『燃焼と消火』材料, 14, 600-604 (1965).