水による消火装置といえば,スプリンクラーです.
一体どのような経緯で開発されたのでしょうか?
今回はスプリンクラーの歴史をみていきます.
消火のしくみ(1):水
消火のしくみ(2):スプリンクラーの歴史
消火のしくみ(3):二酸化炭素
消火のしくみ(4):ハロン
消火のしくみ(5):泡
消火のしくみ(6):ケミカル
1.水爆弾
水で消火すること自体は大昔から行われてきたと考えられます.15世紀頃にはレオナルド・ダ・ヴィンチ(1452-1519)が水による自動消火装置を考案しています.一方で近代的なスプリンクラーの原型という話になると,それは18世紀頃となります.
1722年10月,ドイツ人のザッカリー・グレイルは爆薬と水を使った消火装置を考案します.大量の水が入った木の樽の中心に火薬の入った鉄製*1の箱が入っており,可燃物で満たされた筒が外部にのびた構造をしています.筒の出口から火がつくと,内部の火薬まで火がまわって火薬が爆発し,樽の中の水がまわりに飛び散るといった仕組みだったようです.
死後,彼の発明をみつけた人がポーランド王の前で披露したことを皮切りに,この消火器のアイデアはヨーロッパ中に広がります.
イギリスでロバート・ボイルのもとでリンの製造に関わっていたアンブローズ・ゴドフリー・ハンクヴィッツは,新聞でこの発明を知ります.リンの製造に火災の危険はつきものでしたから,彼はこの発明に興味をもち,早速試してみます.
彼はグレイルの発明をすこし改良しました.鉄製の箱は腐食されやすかったのでピューターとよばれるスズ合金*2を用い,また水のかわりにNH4Cl水溶液を用いました.この他にも,構造を工夫し,様々なサイズのバリエーションを用意しました.
1723年4月には最初の公開実験が行われています.実験のために建物を立て,可燃物をいっぱい中において火をつけ,消火できるか試したそうです.この実験はあまりうまくいかず,また真似する人がでてきてトラブルにもなってしまいましたが,その後5月には2度目の公開実験を行い,無事成功させることができました.
ゴドフリーのいわば「水爆弾」はその後あまりつかわれなくなってしまいます.一方で,建築物への消火設備設置の必要性は広く認識されていきました.
2.スプリンクラー
1794年に設立されたイギリスのドルーリー・レーン王立劇場は,世界で初めて鉄製の防火カーテンを設置した建築物で,消火用の水タンクまで備えられていました.
一見これで大丈夫かと思われましたが,1809年に火事で焼け落ちてしまいます.より入念な消火設備が必要だということで,1812年,新たに建てられた劇場には小さい穴の空いたパイプが巡らされ,火災時には劇場の隅々まで散水されるようにしました.スプリンクラーの誕生です.
ドルーリー・レーン劇場のスプリンクラーは手動でしたが,いざというときは自動で散水してくれた方が安心です.1860年代から火災の熱で自動的に作動するスプリンクラーの開発が進められました.
ちょうどこの時期,1871年にシカゴで17,400以上の建造物が全焼する大火災が,1872年にはボストンで大火災がおきています.これにより火災保険の保険料が大きく値上がりしました.アメリカでピアノ工場を経営していたヘンリー・パーメリーは保険料の値上がりに不満をいだき,保険料の値下げ交渉のため,消火設備の開発に乗り出します.
1874年には火災の熱で作動する自動スプリンクラーを次々に開発し,実際に自身のピアノ工場に設置しました.彼は火災の熱で作動させるため,70℃台で溶けるはんだをスイッチとして使用しました.
はんだ自体は古代エジプトや古代ローマなど古くから使われてきました.鉛PbとスズSnからなる合金が最も有名で,2:3の割合で割合で混ぜられたものは188℃で溶けます.Pbが327℃で,Snが232℃で溶けることを考えると,合金にすることで融点が低くなっていることがわかります.
また,Snは単体ですとスズペスト(どんどんもろくなる)やウィスカー(ヒゲ状の結晶形成)が問題となりますが,Pbを混ぜることでこれらを防ぐこともできます.
このPb-Sn合金をベースとして,より低い融点の合金を作る努力がされてきました.1699年,アイザック・ニュートンはビスマスBi(融点271℃)を混ぜることで融点100℃の合金(Bi:Pb:Sn = 5:3:2)を作ることに成功します.
1860年にはアメリカのBarnabas WoodがさらにカドミウムCd(融点321℃)を混ぜることで「Wood's metal」と呼ばれる合金(Bi:Pb:Cd:Sn = 4:2:1:1)を作ります.融点はなんと73℃前後でした.Biを多くすることでより融点を低くすることもできたそうですが強度がもろくなってしまうので,この組成がベストとなりました.
パーメリーはこのBi-Pb-Cd-Sn合金が炎の熱で溶けることで自動的に作動するスプリンクラーを作りました*3.彼の自動スプリンクラーは現代のものと比べると原始的ではありましたが,火災を効率的にコントロールする散水方法を確立することができました.
その後,フレデリック・グリネル(1836-1905)により自動スプリンクラーに改良が重ねられて一気に普及し,1896年にはアメリカで自動スプリンクラー設置のルールが定められるようになります.
日本にスプリンクラーが輸入されたのは1887年のことです.イギリスから紡績機械が輸入されるのと同時につたわりました.紡績工場は火災がよく起きたため,セットで輸入されたのでしょう.1910年代に建設された横浜赤レンガ倉庫にも防火扉とあわせてスプリンクラーが設置されました.
その後もスプリンクラーにはどんどん改良が加えられ,1950年代には傘型に散水するタイプが,1980年代にはさらに新しいタイプのものが開発されていきます.
3.火災のサイン
熱は火災の検知において重要ですが,火がだいぶ大きくなってからでないと周囲は熱くなりません.
もっと火が小さいうちに火災を何らかの方法で検知できれば,消火のチャンスはぐぐっと上がります.
1974年,CusterとBrightによって火が小さいうちにもあらわれる”Fire signature (火災のサイン)"という概念が提唱されます.どんなものか,みてみましょう.
例えばエアロゾルです.燃焼においては0.0005-10 μmの固体や液体の粒子(エアロゾル)が生成します.0.3 μm以上になれば見ることができますが,それ以下の小ささですと,目視は難しいです.この見えないエアロゾルは火が小さいうちに出てくるものですので,これを検出できると良いです.
また,特定の波長の光も火災のサインとなり得ます.
燃焼反応においては,OHやCO2,COなどが生成します.
これらは270-290 nmの紫外光を放出するので,紫外線を監視しておけば火災の兆候がつかめます.
炭化水素の燃焼で発生するH2OやCO2はそれぞれ2700 nmや4400 nmの赤外光も放出しますので,赤外光の監視も重要です.
燃えているものによっては,特徴的なガスを放出する場合があります.
例えばポリ塩化ビニルなどの塩素原子を含むものはCl2やHClを,ポリウレタンなど窒素原子を含むものはHCN,NH3,NOxを,硫黄原子を含むものはSO2やH2Sを放出します.
また,火災発生時にはCO/CO2の比が変化すると考えられますので,COとCO2を同時に監視するのも有力です.
このように,現在は熱や煙の他に様々な物質・光を監視することで火災の兆候を検出することができます.これにより,火災検出後0.1秒以内に散水を開始するスプリンクラーも開発されています.爆発性のものを扱う現場では非常に重要なシステムです.
4.まとめ
単純に見えるスプリンクラーですが,自動的に消火させるために色んな人たちの努力があったことがわかりましたね.
ちなみに,消火器そのものの歴史については歴ログさんから素晴らしい記事が出ています.ぜひ読んでみてください.
消火器の歴史 - 歴ログ -世界史専門ブログ-
次回からは水以外の消火方法についてみていきましょう.
問題
Q. 寒冷地では,スプリンクラー用に貯蔵する水にCaCl2が添加されていることがある.なぜか?
A. 凍結を防ぐため.
CaCl2を添加すると水の凝固点が0℃よりも低くなり,凍結しづらくなります.そのままだと腐食しやすいので,腐食を抑える薬剤を同時にいれます.他にも,摩擦を減らす薬剤(酸化ポリエチレン)などを添加する場合があります.
参考文献
“Fire protection handbook. 20th edition” A. E. Cote, National Fire Protection Association (2008).
"Improvement in automatic fire-extinguishers" HENRY s PARMELEE, US218564A
"Automatic Sprinkler Protection" S.B. Gorham Dana, John Wiley & Sons (1919).
”Soldering: Understanding the Basics" Mel Schwartz, ASM International (2014).
『スプリンクラー消火設備の普及とその効果』予防時報 177, 48-53 (1994)
『ものがつなぐ世界史』,桃木至郎,ミネルヴァ書房(2021).
*1:もしくはスズめっきした鉄.
*2:オリエント・地中海では紀元前3000年までに冶金の技術が発達し,地中海東部の砂スズを用いた青銅の製造が始まりました.古代ローマ時代には冶金の技術がさらに発達し,イベリア半島やコーンウォール半島から採掘されたスズを用いてハンダ(SnとPbの合金)やピューター(Sn, Pb, Sb, Biなどの合金)などが製造されました.ピューターの組成は一定ではなく,鉛の有毒性から高級なものは90%以上がSnで10%未満がPb,そうでないものには25%がPbといった具合でした.ピューターの製造技術は,16世紀には活版印刷術で有名なグーテンベルクの開発した活字製造に用いるタイプメタル(PbとSnの合金)に転用されていきます.イングランドではピューター製造が盛んで,1770年にはSnとSbを用いたブリタニア・メタルが開発されています.しかし18世紀ころから陶器の需要が高まりピューター産業は衰退し,ブリキ産業があらたなスズの加工業として台頭していきます.
*3:現在でもこの合金が使われている場合があります.