引火性液体は,いったん燃えはじめると水が使えず消化しづらい厄介な火災を引き起こします.
これに絶大な効果を発揮するのが泡による消化です.いったいどのように火を消すのでしょうか?
今回は泡による消火について,しくみを見ていきましょう.
消火のしくみ(1):水
消火のしくみ(2):スプリンクラーの歴史
消火のしくみ(3):二酸化炭素
消火のしくみ(4):ハロン
消火のしくみ(5):泡
消火のしくみ(6):ケミカル
1.燃える液体による火災
代表的な引火性液体はガソリンですが,他にも油だったりアルコールだったりいろんな引火性液体があります.これらの燃える液体は,液体そのものが燃えているというよりも,その蒸気が燃えていることが多いです.
引火性液体は加熱されると液体表面から揮発して蒸気が空気と混ざります.そして温度が上がり引火点に達すると,蒸気に火がつき燃え始めます.揮発性の高い液体の場合は蒸気がたまりやすいので,火がつきやすく危険です.
消火の際には,どんな引火性液体なのかという点に注意する必要があります.例えば,アルコールなど水と混ざる液体の場合は水をかけることで希釈し火がつきにくくなることが期待できますが,油などの水と混ざらない場合はそういった効果は期待できません.
また引火性液体は種類によって密度が異なります.水より軽い場合,消火のためにかけた水は液体の下にしずんでしまいます.下で水が沸騰して上の可燃性液体を飛び散らせ,火災がよりひどくなる危険性があります.
こういった液体による火災では,水以外の選択肢を検討する必要があります.
2.泡消火のしくみと歴史
引火性液体による火災では,何らかの方法で空気を遮断する層を液体表面につくることができれば消火できます.そこでもっとも有効なのが,泡です.
泡は引火性液体よりも大変軽く,燃えている液体の上に乗っかり空気を遮断することができます.また,もしこの泡が水分を含んでいれば,上に乗っかったまま水分が蒸発することで熱を奪うことも期待できます.
このような泡の層を形成させる方法として,泡の状態でそのまま燃えている液体に吹きかける泡消火薬剤を用いる方法や,ウェットケミカルなどを引火性液体と化学反応させて泡を形成させる方法があります.
消火のしくみ(6):ケミカル
泡消火薬剤は特殊な液体からいっぱい泡を形成させて作ります.泡の形成方法として,炭酸水素ナトリウムNaHCO3と硫酸アルミニウムAl2(SO4)3の反応で発生する二酸化炭素CO2を利用するものがあります.
このような泡は化学泡とも呼ばれていました.
また,タンパク質溶液や界面活性剤溶液にガスを混入して泡を生成することもできます.このような泡は機械泡と呼ばれるようになります.
石油産業で盛んなバクーと呼ばれる都市(現在のアゼルバイジャンの首都,当時はロシア帝国)で教師をしていたアレクサンダー・ローラン(1849-1911)は,油田での火災で人が死ぬのを何度も目撃し,それがいかに消火しづらいか,ということを目の当たりにします.
なんとかしたいと考えた彼は,「流動性が高すぎず,非常に軽い液体」を求めて1902年から1903年にかけて実験を繰り返します.伝説レベルの話ではありますが,カスピ海の海岸に立っていたとき,燃えている油の上に波がかぶさり泡が油を消していることに気づき,自分でも瓶ビールを注いでみたところ泡で火がすぐに消えたところから「泡で石油の火を消す」アイデアを思いついたとされています.そして,大きな穴の中にガソリンと石油を入れて火をつけ,そこに自分でつくった溶液をいれて消火することに成功し,1904年,泡で消火する方法を特許出願します.
このとき,彼は2つの方法を提案していました.一つは化学泡による方法で,炭酸水素ナトリウムと酸性の液体の反応を利用して生成した泡で消火する方法です.ベーキングパウダーと同じですね.もう一つは機械泡による方法で,甘草やアルブミンといったタンパク質溶液をベースに加圧したガスで泡を作り出し消火する方法です.のちにローランは自身の手で「Эврика(ユリイカ)」と呼ばれる消火器を開発します.
機械泡による消火手法は,日本には戦後入ってきました.現在ではこちらのほうが主流のようです.
泡消火は当初,製油所や化学工場の消火設備として使用されていました.その後,1970年代から1980年代にかけて林野火災や建物火災に対して有効だということがわかってきました.日本でも1990年代から普通火災に泡消火が活用されるようになってきています.
3.タンパク泡
泡の層がどの程度の厚さになるのか,どの程度素早く広がるのか,などは薬剤によって異なるようです.
本当にいろんな種類があるのですが,代表的なタンパク泡,水生成膜泡 (AFFF)をみてみましょう.
タンパク泡では,部分的に加水分解したタンパク質を用います.
水は泡だてても表面張力が高いので,表面積を小さくする力がはたらきすぐに泡が潰れてしまいます.
一方タンパク質は親水性アミノ酸残基と疎水性アミノ酸残基の両方を分子表面や分子中に持つ両親媒性分子で,すぐれた界面活性能力を持っています.
水面にタンパク質がやってくると,構造変化(変性)し,親水性領域を水側に,疎水性領域を空気側に向けて並びます.これにより,表面張力(表面エネルギー)が低下し,泡立ちやすくなります(起泡性).
さらにタンパク質によっては変性したタンパク質同士がつながりあって二次元的な網目構造を形成するようです.これにより泡が安定化されます(泡沫安定性).
卵白に含まれるタンパク質は,起泡性は低いのですが,安定な網目構造をつくるので泡沫安定性が高いことが知られています.そのため,泡だててメレンゲを作るのは大変ですが,いったんできてしまえば長持ちします.砂糖は起泡性は低下させますが泡沫安定性を増加させますので,泡立ててから加えます.
タンパク泡の原料としては,ケラチンを主成分とする牛馬の角やひづめなどの粉末が使われるようです.塩基性条件で数時間から十数時間加熱すると,ペプチド結合が部分的に加水分解されます.これを中和して,防腐剤などをくわえることで作成されます.
ケラチン加水分解物はそのままでも泡立ちはしますが,泡沫安定性が物足りないです.そこでここに硫酸鉄FeSO4などを加えます.加熱によりケラチン加水分解物とFe2+が錯体を形成し,泡沫安定性が増加させます.これにより泡が長持ちするようになります.また,卵白の泡であるメレンゲが加熱すると固まるように,炎の熱で泡がより安定になるなどの効果も期待できます.
タンパク泡は流動性がよくないのであまり広がりませんが,燃料油面をしっかりと確実に,長時間覆うことができます.フッ素系界面活性剤をすこしまぜると流動性を上げ消火速度を上げることもできます.また,次に説明する水成膜泡ができるようにしたものもあります.
4.水成膜泡
水成膜泡を生成する消火薬剤では,標準的にはフッ素系の界面活性剤と炭化水素系の界面活性剤が混ぜられています.1960年代,アメリカ海軍*1や3M社で開発されました.
このような界面活性剤も,タンパク質と同様に分子内に親水性領域と疎水性領域をもつ両親媒性分子です.水と空気の界面に並んで表面張力を低下させ,泡立ちやすくする能力があります.
水成膜泡は流動性が高く,一気に燃えている液体の表面上に広がり,火災を抑制する泡の層を作ります.
またフッ素系界面活性剤が混ざっていることで,石油のような有機溶媒の表面に一気に水性のうすい膜が広がります.そしてこの膜が引火性液体の揮発を大幅に抑えます.このような膜を生成する能力から,水成”膜”泡と呼ばれています*2.これにより,長時間再着火を防ぐことができます.
このような理由から水成膜泡は石油類の火災の消火能力が非常に高く,航空機の火災などいろんな場面で使われています.
タンパク泡とくらべて品質が劣化しにくかったり使い勝手はよいのですが,泡が消えてしまうことがあります.例えばアルコールなど水に溶けやすい引火性液体の場合,泡が消えてしまいます.そのため,添加剤を入れて泡を壊れにくくしたタイプもあります.
他に界面活性剤を使用したものとしては,水成膜をつくらないタイプもあります.引火性液体に対する効果は薄いですが,高膨張性を活用して室内を一気に泡で満たす消火や,しみこみやすさを活用して普通火災の消火に用いられることがあります.
5.まとめ
泡で本当に消火できるの?と思っていましたが,しくみを知ると納得ですね.
フッ素系界面活性剤はタンパク泡,水成膜泡において重要な物質なのですが,永遠の化学物質とも呼ばれるPFAS*3に分類される有機フッ素化合物は環境で分解されづらく,生物の体内に蓄積してしまうことがわかってきました.そこで様々な代替物質が開発されてはいますが,それらは大丈夫なのか?という点についてはまだ研究が必要なようです.
次回は,今回説明しなかった化学反応で泡の層をつくるしくみを見ていきましょう.
問題
Q. フッ素系界面活性剤にみられるようなフッ化炭化水素からなる樹脂は耐火性・撥水性・撥油性に優れることからある日用品に使用されている.それはなにか?
A. フライパン.フッ素樹脂である「テフロン」で加工したフライパンは,焦げ付きづらく大変便利ですね.
参考文献
“Fire protection handbook. 20th edition” A. E. Cote, National Fire Protection Association (2008).
岩崎良之『泡による消火技術』混相流 27, 126-132 (2013).
北畠直文,土井悦四郎『泡沫の物性』日本食品工業学会誌, 34, 549-557 (1987).
『消火機器早わかり講座』日本消防検定協会
”Лоран и огнетушитель" https://web.archive.org/web/20110727161356/http://p-lab.org/publ/7-1-0-15