化学と歴史のネタ帳

身近にひそむ化学と歴史を,高校までの知識をベースに解説する化学史系ブログです.

洗濯(3):合成洗剤

現在使われている洗濯用洗剤は,そのほとんどが合成洗剤です.

合成洗剤には何が含まれているのでしょうか?


今回は合成洗剤に含まれている成分のうち,特に界面活性剤を中心に,その性質と歴史をみていきましょう.



洗濯(1):汚れはなぜ落ちる?
洗濯(2):石鹸の歴史
洗濯(3):合成洗剤
洗濯(4):アルカリ剤
洗濯(5):イオンの封鎖
洗濯(6):酵素パワー
洗濯(7):塩素漂白の誕生
洗濯(8):酸素系漂白剤
洗濯(9):白くみせる,増白
洗濯(10):ドライクリーニング

1.合成洗剤

洗剤は水の洗浄効果を高めるために加えられる製品です.通常,界面活性剤に加えてビルダー,補助剤,漂白剤などが配合されています.このうち,界面活性剤が洗浄効果の中心となります.


界面活性剤は,一つの分子内に水になじみやすい部分(親水基)と水に馴染まない部分(疎水基)をあわせもつ物質です.

洗剤でよく使われる陰イオン界面活性剤は,親水基がマイナスに帯電しており水分子をひきつけます*1.石けんやLAS,AS,AES,AOSなどがあります*2


陰イオン界面活性剤では疎水基である炭化水素に色んなバリエーションがあります.一般に,炭化水素鎖が長く,分岐が少ない方が洗浄効果が高くなるようです.ぬれは悪くなるようですが,洗濯時間を長くすればいい話ですので,通常の洗濯ではそこまで問題にはならないはずです.


陰イオン界面活性剤として代表的な直鎖アルキルベンゼンスルホン酸塩(LAS)は水に対する溶解性が非常に大きく,油脂よごれの洗浄には極めて効果的です.現在では家庭用洗剤の主役と言っても良いでしょう*3.しかしながら脱脂力が強いため,羊毛などの洗浄では風合いを損なう恐れがある点には注意が必要です.


親水基がマイナスにもプラスにも帯電していないタイプもあります.これは非イオン界面活性剤と呼ばれます.親水基には-OHなど水分子と水素結合を作りやすい部分があるので水に馴染みやすくなっています.代表的なのはポリオキシエチレンアルキエーテル(AE)です.

低濃度でも油汚れをよく落とし,低温でもよく溶け,酸やアルカリの影響をうけにくく,また硬水にも強いという特徴があります.さらに,酵素の活性を阻害しにくいという特徴もあります.


一般に,物質を水に溶かすとき,冷たい水よりも熱い水の方がよく溶けます.しかしながら,非イオン界面活性剤は水の温度をあげていくとある温度 (曇点)で急に溶けなくなり,パッと白く濁ってしまいます.これは,温度をあげるにつれ水分子の運動がどんどん激しくなり,ある温度以上で水素結合を維持できなくなってしまい水となじみにくくなるからです.陰イオン界面活性剤も同時に加えると,こうした現象を防ぐことができます.

2.合成洗剤の歴史

合成洗剤はどのような経緯で誕生したのでしょう?

すでに見たように,18世紀末に原料の化学合成法が確立したことにより,19世紀には石鹸の価格が大量生産により低下しはじめ,庶民にとって手が届くようになっていきました.
【参考】洗濯(2):石鹸の歴史


一方で,石鹸は硬水を用いると不溶性の石鹸かすを生じて洗浄力が低くなること,また低温の水に溶けづらいことなど問題も認識されるようになりました.このような事情から,石鹸にかわる界面活性剤が潜在的に求められていたといえます.
 \mathrm{2R-COONa +Mg^{2+} \longrightarrow (R-COO)_2Mg + 2Na^{+} }


人工的に合成された初の界面活性剤は,硫酸を作用させて油をスルホン化したロート油です.スルホン基はマイナスに帯電しますので,陰イオン界面活性剤です.

油と硫酸の反応を最初に報告したのはFremyで,1831年にオリーブ油やアーモンド油といった油への濃硫酸の影響を調べました.1834年にはF. F. Rungeがスルホン化したオリーブ油の開発に成功し,これを綿布を赤く染める際の媒染剤として活用しました.いわゆる,Turkey Red Oilの前身です.1875年にはスルホン化したひまし油がアリザリンによる染色に使われていました.このようなロート油は,Ca2+やMg2+との塩が水に溶けやすいという特徴がありました.はじめのうち,こうした合成界面活性剤は主に染色業で使われていました.


さて,ドイツでは第一次世界大戦開戦前,食糧の1/3を輸入に依存していました.これには食用油も含まれます.ドイツではこうした食用油をもとに,石鹸がつくられていました.

第一次世界大戦がはじまると,イギリスの海上封鎖の影響もあり一気に食糧不足が顕在化します.食用油ももちろん不足したため,1916年には石鹸製造に動物性油脂を使用することが禁止されました.


これをきっかけとして,天然油脂を原料としない合成洗剤が開発されました.1917年には,ドイツのGunther (BASF社) が天然油脂のかわりに石炭を乾留したときに生成するコールタールを利用して得られるアルキルナフタレンスルホン酸塩を利用した洗浄剤を開発しました.

ぬれ性はよかったようですが,一部で使われるにとどまりました.

Heinrich Gottlob Bertsch (1897-1981)  By Dilvanon - Own work, CC BY-SA 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=75524871

1928年になると,ドイツのHeinrich Gottlob Bertsch (1897-1981) らが脂肪族アルコールからつくるアルキル硫酸エステル塩(AS)が石けんの代わりになりうることを実証しました.

ASは酸やアルカリに対して安定なうえ,硬水にも比較的強く,洗浄力も優れていました.


1932年にはHenkel社からASを用いた,繊細な衣服にも使用可能な合成洗剤Fewaが販売されました.1933年にはアメリカのP&Gも似たような製品であるDreftの販売を開始します.こちらは粉末状の合成洗剤でした*4


1930年代はドイツでSchrauthらが脂肪酸を水素還元して脂肪族アルコールに変換する技術を確立した時期でもあります.こうした脂肪族アルコールをもとにさまざまなASが作られるようになりました.その結果,ASは工業スケールで合成されたはじめての合成界面活性剤となりました*5

また,この時期に合成洗剤に縮合リン酸塩のような界面活性剤のはたらきを助けるビルダーが添加され始めます.

【参考】洗濯(5):イオンの封鎖


こうしたビルダーは硬水中のCa 2+やMg2+を隔離してくれるので,硬水中でも界面活性剤の洗浄力を落とさずに済むようになりました.また,一度落とした汚れが繊維に再びくっつくのを防ぐ再汚染防止剤が開発されたのもこの頃です.


このように,合成洗剤の基盤技術は1930年代に大きく進展しました.


さて,1930年代には別のタイプの陰イオン界面活性剤の開発も進みます.ドイツのI.G. FarbenindustrieやアメリカのNational Anilineでベンゼンを導入することで界面活性剤としての能力を向上させたアルキルベンゼンスルホン酸塩(ABS)を開発しました.

1946年にはP&G社からTideとよばれるABSを使った合成洗剤が登場しました.第二次世界大戦後にはABSがASを圧倒するようになり,さらに1950年代には石鹸を超え,ついに合成洗剤が洗濯の主役になりました


日本では戦後になって合成洗剤が導入されます.1950年代の高度成長期には水道水が普及し,合繊繊維などの洋服を着るようになり,洗濯機が家庭に導入されていきます.それに伴い洗濯用洗剤もどんどん改良され,1960年代には石油化学工業が勃興したおかげで石油系洗剤を国産でまかなうことができるようになりました.


このように,1950年代から1960年代にかけて合成洗剤の使用量が急速にのびましたが,その際に河川や井戸水などで問題が発生しました


1959年,ドイツではひどく乾燥した夏が訪れ,さまざまな河川が干上がりつつありました.そのとき,信じられないことに大量の泡が岩や堰,水道の至る所で積み上がっていくようすが観察されました.実はこれは,河川に流された合成洗剤による泡でした.


当時界面活性剤には炭化水素鎖が分岐したタイプのハード型アルキルベンゼンスルホン酸塩(ABS)が使用されていました.これは微生物に分解されにくいハードな構造でした.そのため,河川に廃棄された合成洗剤はそのまま蓄積し,大量の泡が発生してしまったのです.

California - 1972

そこで1961年には洗剤に関する法律が制定され,微生物に分解されやすいソフトなタイプの直鎖アルキルベンゼンスルホン酸塩(LAS)に切り替えられていきました.

直鎖状であれば,ω酸化,β酸化といった経路を経ることで,微生物が末端からどんどん短くして分解することができます.このようなソフト化は日本では昭和40年代に進行しました.


最近では,洗浄効果に加え,環境にも配慮した合成洗剤が積極的に開発されています.

3.柔軟剤


さて,これまで親水基がマイナスに帯電する陰イオン界面活性剤の利用をみてきました.


それでは,親水基がプラスに帯電する陽イオン界面活性剤はどうでしょうか?

実はこれは柔軟剤に活用されています.


衣服を洗濯機で洗浄すると,衣服の繊維は引っ張られたりねじられたりします.その結果,繊維表面はぐちゃぐちゃになってしまい,柔軟性を失います.特に綿や毛で顕著なようです.


そのような衣服をふっくらと仕上げるため,柔軟剤を入れることがあります.柔軟剤によく使われるのは陽イオン界面活性剤である第四級アンモニウムです.


柔軟剤のしくみを理解するためには,まず衣服がマイナスとプラスのどちらに帯電しているかを知っておかなければいけません.どちらでしょうか?


衣服がどちらに帯電しているか,衣服の繊維がもっている官能基をもとに考えてみましょう.


綿,レーヨン,アセテート,ポリエステルなどはカルボキシル基-COOHをもっています*6.一方でアクリロニトリルスルホン基-SO3Hを有しています.これらは水にひたすといずれもH+を放出し,マイナスに帯電します.
 \mathrm{-COOH  \rightleftharpoons -COO^{-} + H^{+}}
 \mathrm{-SO_3H  \rightleftharpoons -SO_3^{-} + H^{+}}


一方で羊毛・絹などのタンパク質系繊維はプラスに帯電するアミノ基-NH2マイナスに帯電するカルボキシル基-COOHをもっているので,水のpHによって全体としてどちらに帯電するかが変わります.

通常の洗濯条件ではアルカリ性です.この場合,下の反応は左にかたより,
 \mathrm{-NH_2 + H_2O \rightleftharpoons -NH_3^{+} + OH^{-}}

こちらの反応は右にかたよります,
 \mathrm{-COOH + OH^{-} \rightleftharpoons -COO^{-} + H_2O}

結果としてアミノ基は帯電せずカルボキシル基がマイナスに帯電するので,全体としてはマイナスに帯電します.似たような構造をもつナイロンも同様です.


このように,洗濯条件では衣服の繊維は大体マイナスに帯電します


陽イオン界面活性剤である第四級アンモニウム塩は親水基はプラスに帯電しているため,マイナスに帯電した繊維表面に吸着します*7

陽イオン界面活性剤が繊維表面全体をおおうと,繊維同士の直接の接触が妨げられ,陽イオン界面活性剤の疎水基同士がふれあうことになります.これにより繊維間の摩擦が減り,衣服をふっくらさせます.また,アイロンもかかりやすくなります.


さらに,陽イオン界面活性剤の親水基は空気中から水分を吸着し,保水した吸着膜が摩擦による静電気を逃し,静電気を防ぐなどの効果もあります*8.一方で入れすぎてしまうと吸水性などが悪くなってしまうため注意が必要です.


洗剤につかわれる陰イオン界面活性剤はマイナスに帯電していますので,同時にいれると相互作用して洗浄効果がおちてしまいます.そのため,柔軟剤は陰イオン界面活性剤による洗浄が終わってから入れます.洗濯機によって,柔軟剤をいれる専用の場所があるのは,この時間差を実現するためです.


柔軟剤の研究は1920年代から行われていましたが,実際に市場にでた最初の柔軟剤は1949年に開発されたDSDMACです.

綿製おむつの柔軟剤としてアメリカで販売されました.1950年には布用の柔軟剤が販売されはじめました.DSDMACはしばらくつかわれますが,生分解性が悪いという欠点がありました.


1960年代には西ヨーロッパや日本でも柔軟剤が使われるようになり,1970年代からどんどん普及していきました.1979年にヨーロッパで登場したリンスサイクル用柔軟仕上げ剤は,陰イオン界面活性剤が十分に除去された「すすぎ」の最終段階で使用するもので,現在もおなじみのタイプです.1984年にはアメリカで,1988年には日本に導入されました.


また,1980年代から1990年代にかけて,あらたにエステルクワット (EQ) が開発されました.

こちらはDS-DMACと違い生分解性に優れています.1981年にはフランスの柔軟剤に使われました.その他の性能はDS-DMACとよく似ているということでDS-DMACのかわりに使われるようになりました.

4.台所用洗剤


ちょっと洗濯とは違いますが,台所用洗剤についても軽くふれておきましょう.


洗濯用洗剤と同じく,界面活性剤ははじめハード型のABSが使われていました.しかしながら生分解性が悪いということで,ソフト型のLASが使われるようになりました.


1960年代後半以降は,油脂よごれに強い洗浄力を求めて,AESなどの陰イオン界面活性剤,AEなどの非イオン界面活性剤,N-アルキルベタインなどの両性界面活性剤が使われはじめました.

界面活性剤の種類や組み合わせによって,油脂汚れの除去具合は大きく変化します.


1972年以降,食品衛生法が改正されて台所用合成洗剤の品質や,すすぎ残しに関する規制が厳しくなりました.これをきっかけとして,脱脂力の弱い,皮膚に優しい洗浄剤が注目されるようになりました.例えば長鎖脂肪酸にエチレンオキシドを付加したものなどが使われました.


皮膚科学などの研究も大きくすすみAESやアルキルジメチルアミンオキシド(AAO)が有効であることが判明し,1980年にかけてこれらが主成分となるマイルドな台所用中性洗剤が普及しました.

マイルド化はその後も進み,1990年までに天然原料から合成された非イオン界面活性剤を主成分とするマイルド洗剤が次々に発売されました.


最近では自動食器洗い機が普及しはじめています.食器洗い機用の洗剤は,洗濯用洗剤と同じく界面活性剤,ビルダー,漂白剤,酵素からなります.また,泡が発生すると機械効率が低下するということで,泡が立ちづらいのが望ましいのも洗濯用洗剤と似ています.一方で,通常は50-60℃のお湯で洗浄し,洗う対象は口に触れるものですので,その点で求められる性質が異なっています.

5.まとめ

合成洗剤の開発が,戦争をきっかけとしていたのは意外でしたね.界面活性剤は洗浄だけでなく,生命科学研究をはじめ実にいろんな場面で使われています.


洗剤には界面活性剤以外にもビルダーなど様々な物質が加えられています.次回以降,そういった物質の役割や歴史もみていきましょう.

参考文献

『洗濯と洗剤の科学』阿部幸子,放送大学教育振興会 (1998).
『洗剤と洗浄の科学』中西茂子,コロナ社 (1995).
『図解やさしくわかる界面化学入門』前野昌弘,日刊工業新聞社 (2014).
『洗剤・洗浄百科事典』皆川基, 藤井富美子, 大矢勝,朝倉書店 (2007).
『化学洗浄の理論と実際』福﨑智司,兼松秀行,伊藤日出生,米田出版 (2011).
"ULLMANN'S Encyclopedia of Industrial Chemistry" Wiley-VCH Verlag GmbH & Co. KGaA (2002).
”Handbook of Instustrial Chemistry and Biotechnology, 13th edition" J.A. Kent, T.V. Bommaraju and S.D. Barnicki, Springer (2017).
"Sulfonated Oils" P. Soderdahl, The Journal of the American Oil Chemists' Society, 69-71 (1947).
"Surfactant Science and Technology, 3rd ed." D. Myers, John Wiley & Sons (2006).


目次 - 化学と歴史のネタ帳

*1:他にも親水基がプラスに帯電した陽イオン界面活性剤,プラスにもマイナスにも帯電した両性界面活性剤があります.

*2:LASは直鎖アルキルベンゼンスルホン酸塩,ASはアルキル硫酸エステル塩,AESはアルキルエーテル硫酸エステル塩,AOSはアルファオレフィンスルホン酸塩です.

*3:LASは硬水との相性は悪いようで,そのためCa2+やMg2+を取り除くビルダーを配合して洗浄性能を維持する必要があります.

*4:現在でも,ASのひとつであるラウリル硫酸ナトリウムは歯磨き粉やシャンプーにもよく使われています.硫酸ドデシルナトリウム(SDS)は生化学実験でも良く使われています.

*5:これらは全て陰イオン界面活性剤ですが,この頃,他の界面活性剤も開発されました.1930年にI.G. FarbenindustrieのSchöllerとWittwerはエトキシル化と呼ばれる反応を開発し,AEなどの非イオン界面活性剤を発明しました.非イオン界面活性剤は,1948年にアメリカのMonsanto社から発売された洗剤に使われ,1970年代以降,欧米での洗浄温度が低下するにつれて注目されるようになりました.他に,1927年にはCibaからSapamineと呼ばれる陽イオン界面活性剤が登場します.1934年にはDomagkによってこうした陽イオン界面活性剤が殺菌効果をもつことも確認されました.いわゆる逆性石鹸です.1950年には柔軟剤に使われました.ベタインなどの両性界面活性剤は1930-1940年代に開発されました.ベタインは肌にやさしいことでも知られます.

*6:セルロースはもともと-OH基が多く含まれるのですが,製造の過程で漂白される際に一部がカルボキシル基に変換されます.

*7:綿や毛に一番くっつきやすく,ポリアクリロニトリルなどの合成繊維にはくっつきにくいという特徴があります.

*8:殺菌作用を有するため,逆性石鹸として殺菌洗浄用に使われます.