家庭では洗濯しづらい衣服はクリーニング屋さんに持って行きます.
クリーニング屋さんで行われるドライクリーニングとは,いったいどんな洗濯方法なのでしょうか?
今回はドライクリーニングの歴史としくみをみていきましょう.
洗濯(1):汚れはなぜ落ちる?
洗濯(2):石鹸の歴史
洗濯(3):合成洗剤
洗濯(4):アルカリ剤
洗濯(5):イオンの封鎖
洗濯(6):酵素パワー
洗濯(7):塩素漂白の誕生
洗濯(8):過酸化水素
洗濯(9):白くみせる,増白
洗濯(10):ドライクリーニング
1.ドライクリーニング
水を用いた洗濯は一見万能に思えますが,いくつか難点があります.
水を用いた洗濯では,繊維が水によってふくれてしまい,型崩れがおきやすくなります.羊毛製品は縮みやすく,さらに絹などでは変形・脱色などが起きる可能性があります.そのほか,縫い合わせが狂いやすい手縫いの和服や,しわになると回復しにくいアセテート製品も普通の洗濯にはあまり向いていません.
そんなときは,クリーニング屋さんに出しましょう.クリーニング屋さんでやってくれるのは,いわるゆドライクリーニングという方法です.
ドライクリーニングでは水の代わりに油を溶かす溶剤を使います.代表的なものはテトラクロロエチレン*1や炭化水素系の溶剤です.
たいていの繊維は油を吸わないので,水のようにふくれて型崩れすることがそれほどありません.
油よごれなどは,こういった溶剤に簡単に溶けます.これは通常の洗濯に比べて大きな利点です.さらに,一緒に固体粒子なども落ちます.
一方で汗やしょうゆなどの水溶性のよごれはとりのぞけません.溶剤にこれらのよごれは溶けませんからね.そこで通常は0.1%くらいの水や界面活性剤を混ぜて,水溶性のよごれも取り除けるようにしておきます.落ちにくいシミは秘伝のシミ抜き剤を高圧スプレーで打ち込みます.
このようにドライクリーニングでは油を溶かす溶剤を使うので通常の洗濯では落とすのが難しいよごれを落とすことができるのですが,衣服によっては適さないものがあります.例えばゴム製品や,ゴム糊をつかったもの,顔料染料でプリントしたもの,スチロール樹脂がつかわれたボタンやアクセサリーなどです.事前にこれらに該当しないかよくチェックしましょう.
また,再汚染にも気をつけなければいけません.ドライクリーニングでは水溶性のよごれがつきやすい綿・朝・レーヨンなどのセルロース繊維が再汚染されやすいです.そのため,これらはドライクリーニングには向いていません.また,ポリエステル製品は静電気を発生しやすく,汚れ粒子を吸着しやすいのでドライクリーニングに向いていません.
こういったドライクリーニングに使う溶剤は残留すると皮膚炎をおこします.そのため,クリーニング業者には,お客さんに服を返却する前にドライチェッカーなどで石油系溶剤が残っていないか確認することが求められています.
2.ドライクリーニングの歴史
有機系の溶剤が布についた油よごれを落とすのに良いことは18世紀頃には知られていました.例えば1716年のフランスの本には,シルクについた油汚れはテレピン油*2で落とすことができると書かれています.しかしながら,こういった知見は洗濯技術へはそんなに応用されませんでした.
ドライクリーニングのはじまりはちょうどこの頃です.ほぼ伝説のようになっていますが,フランスでJean-Baptiste Jollyがランタンをうっかり倒してしまい,燃料*3がテーブルクロスの油汚れを落としたのをたまたま発見したのがきっかけと言われています*4.
彼は1845年,パリでドライクリーニングをスタートさせました.お客さんから預かった衣服をテレピン油にひたして洗いました.テレピン油は,干して自然に蒸発させて取り除きました.
さて,実はこの時代にはガス灯が普及しており,コールタールが大量に余っていました.
【参考】炎(11):ガス灯の普及
はじめは鉄道線路の枕木の防腐剤くらいにしか用途はありませんでしたが,1840年代に各種成分に分離する手法が発達すると,ベンゼンをはじめとした有機系の溶剤が手に入るようになりました.
こうして得られたベンゼンはドライクリーニングにも使われるようになりました.ベンゼンは洗浄力が高かったようです.
ドライクリーニング用の機械にも改良が加えられました.フランスでは1860年頃,溶剤のなかで回転する木製の円筒カゴが開発されました.衣服はこのカゴの中に入れられ,溶剤の中をぐるぐる回転しました.これは"La Turbulente"とよばれました.
また,ドライクリーニング後の衣服は高速遠心で乾かされるようになりました.衣服はその後,干して自然乾燥させました.これで衣服に残った溶剤が揮発して取り除けます.
ベンゼンなどの溶剤は洗浄力が高かったのですが,引火点がベンゼンでは-11℃と非常に低く,火災や爆発の危険性が高いという問題がありました.実際,火災事故も多かったようです.
そこでアメリカでは1920年代にStoddard Solventが開発されました.Stoddard Solventはアルカンやシクロアルカンなど炭化水素系溶剤の混合物で,引火点が40-60℃ほどです.そのため,火災や爆発の危険性が低くなりました.
Stoddard Solventに切り替えたことで火災の危険性は低くなりましたが,蒸発速度が遅く屋外での乾燥が難しくなりました.そこで,専用の乾燥機が使われるようになりました.Stoddard Solventはそこそこ高かったため,乾燥機からでてきた蒸気を分留して,再利用されました.
一方ドイツでは,1920年に燃えづらく毒性の低いトリクロロエチレンが使われるようになりました.1930年にはテトラクロロエチレンに置き換えられます.
これらは洗浄力が高く,沸点が低いためコスト面で有利でした.
このように蒸発の少ない溶剤が使われロスが減らされてきましたが,それでも蒸発によるロスはまだまだありました.そこで1970年からは活性炭フィルターが導入され,揮発した溶剤をトラップして再回収できるようにされました.これにより屋外へのロスはかなり減りました.
【参考】浄水(6):活性炭・微生物の活用
1960年にはCFC-11,1970年にはCFC-113といった,いわゆるフロンがドライクリーニングに導入されます.
これまでの溶剤に比べて沸点が低く,衣服を傷めず,また変色も少なかったようです.
しかしフロンには問題があります.オゾン層破壊です.1970年代半ば以降,オゾン層破壊が世界的に問題視されるようになります.
結果として,フロンは1987年に採択されたモントリオール議定書により製造禁止になりました.
【参考】消火のしくみ(4):ハロン
テトラクロロエチレンも安全性が疑問視されるようになります.地下水に混入すると人体に影響があるのではないか,発がん性があるのではないか,という疑いの目を向けられるようになったのです.そのため,これも1980年代半ば頃に規制がかけられるようになりました.
それでは何をドライクリーニングの溶剤に使えば良いのでしょう?様々な規制の結果,使われるようになったのがイソパラフィンなどの炭化水素系の溶剤です.日本やドイツでは1990年代からよく使われるようになりました.
また,1997年には液化二酸化炭素が登場しました.気体の二酸化炭素は高圧低温にすることで液体になります.こうした液化二酸化炭素は油脂よごれをよく溶かすうえ,毒性もすくなく,燃えにくいという特徴があります.もちろん,オゾン層を破壊することもありません.一方で,固体粒子よごれを落とすのは少々苦手なようです.
この他にも,1998年にはシリコーン系のD5や,2010年にはハロゲンを使わず,微生物により分解されやすいSolvon K4という溶剤が登場しました.現在では炭化水素系の溶剤に加え,こういった溶剤がドライクリーニングに使われています.現在では炭化水素系の溶剤に加え,こういった溶剤がドライクリーニングに使われています.
3.ウェットクリーニング
1980-1990年代,ドイツでドライクリーニングは厳しい立場におかれていました.
ドライクリーニングは,先に触れたように環境汚染の問題から有機溶剤が使いづらくなりました.また,環境規制の影響で密閉型のドライ機を設置する必要があり,設備コストなどの影響で,住宅・商業地域から工業地域へと移転せざるを得なくなりました.ドライクリーニングの未来が危ぶまれる状況となったのです.
そこで,ドライクリーニングにかわる工業的洗濯手法として登場したのがウェットクリーニングです.1991年,先を見越して洗剤メーカーのKreussler社と洗濯機メーカーのMiele社が共同研究を始めました.
ウェットクリーニングは,誤解を恐れずにいえばていねいな水洗いです.特に,機械洗いで型崩れの少ない水洗いの工業的な方法をウェットクリーニングと呼びます.いわゆるおしゃれ着洗いとは違うようです.
1991年にKreussler社とMiele社が開発した"Miele System Kreussler"は,ほぼ普通の洗濯と原理は変わらないのですが,様々な工夫があります.
まず,衣服を色の濃いもの,薄いものにわけ,色の濃いものについてはさらに重いものと軽いものにわけます.その後,油性よごれを落とすために洗剤などで前処理します.
実際の洗濯段階では,水の量を極力少なくし,温度は30-40℃以下,pHは5-7を維持します.過度な衝撃が加わらないように回転数や回転時間,脱水時間を最小限にとどめます.乾燥段階では,水分率に応じて乾燥時間を変更します.
ウェットクリーニング技術を検証・改良していくため,1994年にはKrüssman博士が国際的な研究会を立ち上げました.1995年には欧州ウェットクリーニング委員会 (EWCC) となり,ウェットクリーニングの国際標準化を目指すこととなりました.
現在使われているウェットクリーニングにはいろいろなバリエーションがあるとは思いますが,代表的なものを紹介しましょう.
ウェットクリーニングでは,すでにみたようにまず衣服に応じて適切な洗濯モードを選択することが重要です.洗剤には生分解性の高い,中性の非イオン界面活性剤が用いられ,他にも色変化や繊維の縮みを防ぐ物質が加えられています.洗濯温度は27℃前後に保たれます.これ以上低いと,固体粒子よごれが落ちにくくなるようです.
乾燥では,衣服の水分をセンサーで監視し,乾燥しすぎを防ぎます.水分が10%以下になるように乾燥させたあとは,プレスするか内側からスチームをかけることでシワをとって完了です.
4.まとめ
クリーニング屋さんに預けた後をあまり想像することはありませんでしたが,こんな洗濯方法があったのですね.今自分が預けている衣服は,どんな溶剤で洗われているのだろうかと気になってきました.
今後ドライクリーニングやウェットクリーニングがどのように発展していくのか,気になるところですね.
参考文献
『洗濯と洗剤の科学』阿部幸子,放送大学教育振興会 (1998).
『洗剤と洗浄の科学』中西茂子,コロナ社 (1995).
『図解やさしくわかる界面化学入門』前野昌弘,日刊工業新聞社 (2014).
『洗剤・洗浄百科事典』皆川基, 藤井富美子, 大矢勝,朝倉書店 (2007).
『化学洗浄の理論と実際』福﨑智司,兼松秀行,伊藤日出生,米田出版 (2011).
『世紀の洗濯革命 : ウエットクリーニング・家庭洗濯の新事情』繊維社 (2000).
『化学の歴史』W.H.ブロック (2003).
"ULLMANN'S Encyclopedia of Industrial Chemistry" Wiley-VCH Verlag GmbH & Co. KGaA (2002).
”Handbook of Instustrial Chemistry and Biotechnology, 13th edition" J.A. Kent, T.V. Bommaraju and S.D. Barnicki, Springer (2017).
"Drycleanig. Part 1. The Process and Its History: From Starch to Finish" E. Garfield, Essays of an Information Scientist, 8, 213-222 (1985).
"Handbook for Cleaning/Deconcamination of Surfaces" I. Johansson, P. Somasundaran, Elsevier (2007).