化学と歴史のネタ帳

身近にひそむ化学と歴史を,高校までの知識をベースに解説する化学史系ブログです.

洗濯(4):アルカリ剤

洗剤には古くからアルカリが使われ,現在でも界面活性剤の働きを助けるビルダーとして加えられています.

いったいどのようなアルカリが使われてきたのでしょうか?


今回はアルカリ剤について,歴史的背景とともにみてみましょう.



洗濯(1):汚れはなぜ落ちる?
洗濯(2):石鹸の歴史
洗濯(3):合成洗剤
洗濯(4):アルカリ剤
洗濯(5):イオンの封鎖
洗濯(6):酵素パワー
洗濯(7):塩素漂白の誕生
洗濯(8):酸素系漂白剤
洗濯(9):白くみせる,増白
洗濯(10):ドライクリーニング

1.アルカリ剤

通常,洗剤には界面活性剤の役割を助けるためにビルダーが加えられています.


ビルダーのなかでも炭酸ナトリウムNa2CO3やケイ酸ナトリウムNa2O・nSiO2アルカリ剤に分類されます.これらは水に溶けるとアルカリ性を示します.


一般によごれはアルカリ性でよく落ちます.例えば皮脂に含まれるトリグリセリドなどは,アルカリ性条件下で加水分解され,水溶性の塩を生成します(けん化).

遊離脂肪酸も同様です.
 \mathrm{R \textrm{-}COOH +NaOH \longrightarrow R \textrm{-}COO^{-}Na^{+} + H_2O }

こうしてできる塩は界面活性剤としてもはたらくので,油汚れの除去がさらに促進されます.


また,アルカリ性になると繊維表面がより負に帯電します.これにより,同じく負に帯電している固体粒子よごれが電気的な反発によって除去されます.


一方で,よごれの中には酸性のものが多いです.そのため,洗濯していると洗浄液がだんだん酸性に傾いてしまいます.アルカリ剤には,洗浄液を最後までアルカリ性に保つという役割があります.


アルカリ剤が多く含まれた重質洗剤 (pH 9.0-10.0) は,よごれのひどい綿,ポリエステルなどの服の洗濯に用いられます.


ただし,アルカリに弱い毛,絹などのタンパク質繊維の洗浄には不向きです.このような繊維の服には中性洗剤(pH 6.0-8.0)が用いられます.


また,アルカリ剤は洗浄効果の上昇以外に,洗浄効果を落とす原因となる硬水に含まれるCa2+などを取り除く効果があります.


Ca2+やMg2+などの微量ミネラル*1の濃度(硬度)が低い水を軟水,高い水を硬水といいます.これらのイオンは,石けんに含まれる脂肪酸と反応すると不溶性の塩(石けんかす)を形成します.これにより洗浄力が落ちてしまうため,硬水では石けんの消費量が増大してしまいます.
 \mathrm{2 R \textrm{-}COO ^{−}+ Ca^{2+} → (R \textrm{-}COO)_2Ca}


アルカリ性にすると,Ca2+CaCO3として,Mg2+Mg(OH)2として沈殿させることができます.
 \mathrm{CaCO_3 \rightleftharpoons Ca^{2+} + CO_3^{-} }
 \mathrm{ Mg(OH)_2 \rightleftharpoons  Mg^{2+} + 2OH^{-} }


両反応ともpHが重要です.例えばCa2+の沈殿にはCO3-の濃度が重要ですが,これはpHによって大きく変化します.簡単のため,溶存CO2とH2CO3をまとめてH2CO*3と表しましょう.
 \displaystyle { K_1 = \mathrm{\frac{[H^{+}] [HCO_3^{-}]}{[H_2CO_3^{*}] }}}

 \displaystyle { K_2 = \mathrm{\frac{[H^{+}] [CO_3^{2-}]}{[HCO_3^{-}] }}}

 \displaystyle {\alpha _2 = \mathrm{\frac{[CO_3^{2-}] }{[H_2CO_3^{*}] + [HCO_3^{-}] + [CO_3^{2-}] }} = \frac{K_1K_2}{ \mathrm{ [H^{+}]^2  }+ K_1 \mathrm{[H^{+}]} + K_1K_2} }

したがって,Ca2+pHを上げることでCO3-を増やしCaCO3として沈殿させることができます.pHを10.3程度まで上げると沈澱しやすくなります.
 \mathrm{Ca^{2+} +CO_3^{-} \longrightarrow CaCO_3 }


一方で,Mg(OH)2として沈殿させるにはpHを10.8以上に上げることが必要です.
 \mathrm{Mg^{2+} +OH^{-} \longrightarrow Mg(OH)_2 }


硬水を軟水化する方法として有名なLime-soda ash法では,Lime (水酸化カルシウム) Ca(OH)2ソーダ灰 (炭酸ナトリウム) Na2CO3を原水に添加します.Ca(OH)2はpHを上げるために,Na2CO3はCO3-を供給するために添加します.
【参考】浄水(7):化学の力で軟水にする


このようにして,沈殿反応により過剰なCa2+やMg2+を取り除き,硬水を洗濯に適した軟水にすることができます.

2.炭酸ナトリウムと炭酸カリウム

炭酸ナトリウムや炭酸カリウムといったアルカリは,古くから洗濯に使われていました.


炭酸ナトリウムソーダ灰 (Soda ash) とも呼ばれます.Sodaの語源でもある塩生植物の灰のことをそう呼んでいました.
【参考】アルカリの歴史(1):炭酸ナトリウム


一方炭酸カリウムは英語ではpotashと呼びます.ポット (pot) で樹木などの灰を煮出して乾燥させて得ていたのでそう呼ばれました.


このように,2つは大変似ていたので炭酸カリウムと炭酸ナトリウムはもともとあまり区別されていませんでした.


はっきりと別の物質だと認識されるようになるのは,18世紀にHenri Louis Duhameel du Monceau (1700-1781) やAndreas Sigmund Marggraf (1709-1782) が性質を詳しく調べてからです.MarggrafはNaとKの炎色が異なることを示しました.
【参考】炎(1):アルカリ金属

《糸杉と星の見える道》フィンセント・ファン・ゴッホ,1890年,油彩

メソポタミアではさまざまな樹木の灰が入浴,洗濯につかわれていました.樹木の灰に主に含まれるのは炭酸カリウムです.灰に含まれる化合物は木材の種類や燃焼温度によって違うようです.


例えば糸杉 (Cupressus sempervirens) を600℃で燃やした場合はCaO,MgO,Ca(OH)2,K2CO3,K2Ca2(SO4)3が得られますが,800℃で燃やした場合はCaOやMgO,K2CO3がメインに得られます.900℃以上になると,K2CO3は分解してしまいます.
 \mathrm{ K_2CO_3 \longrightarrow K_2O + CO_2 }


Ashurbanipal (BC 669-631?) Carole Raddato from FRANKFURT, Germany - British Museum, CC 表示-継承 2.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=45977056による
アッシリア帝国黄金期最後の王であるアッシュバニパル (在位 前668-631?)の治世,アッカド語の資料によれば,ギョリュウ(tamarisk),ナツメヤシ,マツカサの灰が使われていたようです.他にもMaskatalなる植物が登場するのですが,これはいまだに何の植物かわかっていません.


灰を水にとかした灰汁は19世紀後半に石鹸が本格的に普及するまでの約5000年の間,一般市民の主な洗浄剤として使用されていました.

ベニハッサン墳墓の壁画.左上に洗濯の動作が描かれている.By https://wellcomeimages.org/indexplus/obf_images/00/e1/66bc2eed6cd6e8d83eb589d978a3.jpg Gallery: https://wellcomeimages.org/indexplus/image/M0006214.htmlWellcome Collection gallery (2018-03-29): https://wellcomecollection.org/works/ta2axeqb CC-BY-4.0, CC BY 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=36327675

一方古代エジプトではトロナ(Na2CO3・NaHCO3・2H2O)と呼ばれる炭酸ナトリウムNa2CO3を含む岩石が使われていました*2.紀元前2000年頃のエジプトのベニハッサンの岩墳壁画には,布をふり洗いしている人やたたき洗いしている人の姿が描かれています.

トロナ

炭酸ナトリウムは,のちにアルカリ剤として洗剤に配合されるようになりますが,この頃はメインの洗浄成分として使われていました.


第18王朝の頃には,エジプト北部,カイロから北西に100 km離れた場所に位置するWadi Natrunでトロナが産出することが知られていました.ここにある湖は強いアルカリ性で,洪水の季節にはナイル川の水が流れ込みますが,暑い夏には一部が干上がり,トロナを回収することができました.


トロナは様々な国へ輸出され,布を洗うのに使ったり*3,口に含んで口の中をきれいにしたり,お香の原料にしたりしていました.また,炭酸ナトリウムは空気中の水分を吸収するため,肉の保存やミイラの作製にも使われていたようです*4
  \mathrm{Na_2CO_3 + H_2O + CO_2 \longrightarrow 2NaHCO_3}


炭酸ナトリウムは岩石からも採取できますが,海藻などを燃やしたときに生じる灰からも得られました.


地中海沿岸など海岸砂地に自生する塩生植物 (Barillaなどと呼ばれました) には炭酸ナトリウムが25-30%含まれており,昆布には10-15%含まれています.十分な量を得るには大量の植物を消費しなければならなかったため*5,炭酸ナトリウムは非常に高価だったようです.

Halogeton sativus

18世紀フランスではスペイン産のBarilla*6を大量に輸入していましたが,スペインとは王位を巡って交戦状態*7にありスペインからの供給が度々ストップしてしまっていました.


こういった事情から,炭酸ナトリウムを安定して大量に供給できる方法が求められるようになり,ルブラン法などの炭酸ナトリウム人工合成法の開発につながりました.
【参考】アルカリの歴史(2):ルブラン法 
  \mathrm{2NaCl + H_2SO_4 \longrightarrow Na_2SO_4 + 2HCl}
 \mathrm{Na_2SO_4 + 2C \longrightarrow Na_2S + 2CO_2}
  \mathrm{Na_2S + CaCO_3 \longrightarrow Na_2CO_3 + CaS}


ちなみにルブラン法はやがて19世紀末にベルギーで確立されたソルベイ法に取って代わられました.
 \mathrm{NaCl + H_2O + NH_3 + CO_2 \longrightarrow NH_4Cl + NaHCO_3}
 \mathrm{2NaHCO_3 \longrightarrow Na_2CO_3 + H_2O + CO_2}
 \mathrm{Ca(OH)_2 + 2NH_4Cl \longrightarrow 2NH_3+ CaCl_2 + 2H_2O}

20世紀に入るとアメリカのGreen RiverやケニアのMagadi湖でトロナの大鉱床が発見されるなど供給源が多角化していきました.

3.水ガラス

一方,ケイ酸ナトリウム(水ガラス)Na2O・nSiO2も洗濯に使われました.

Rufolph Glauber (1604-1670)

17世紀半ば,ヨハン・ルドルフ・グラウバー (Johann Rudolph Glauber, 1604-1670) が砂や水晶とカリウムをまぜて作った記録があり*8Liquor Silicumと名付けられました.粘性のある特性から硬化剤として土器の施釉や金属製錬に使ってはどうかと提案しました.

Johann Nepomuk von Fuchs (1774-1856)

その後もいろんな人が用途を提案しますが,なかなか普及しません.1825年になって,ミュンヘンのヨハン・ネポムク・フォン・フックス (Johann Nepomuk von Fuchs, 1774-1856) がNa2O・nSiO2やK2O・nSiO2を「水ガラス」と名付け,接着剤として,またフレスコ画バインダーとして用いることを提案しました.


彼は水ガラスの工業的製法も確立し,フランスやイギリス,アメリカで製造されるようになりました.

アメリカでは南部の州で得られるロジン*9が石鹸製造に使われていましたが,南北戦争 (1861-1865) がはじまると北部の州はこれを使うことができなくなってしまいました.


そこで注目されたのが,工業的製造が始まっていた水ガラスです.北部の州では,水ガラスを石鹸製造に使うようになりました.


その後,洗剤としては脂肪酸塩や界面活性剤が主な洗浄成分として使われるようになりますが,炭酸ナトリウムやケイ酸ナトリウムも引き続きアルカリ剤として配合されました.ヨーロッパでは硬水の地域が多いので,洗浄効果を落とす原因となる硬水に含まれるCa2+などを取り除くために加えられていたようです.


20世紀初頭には,アルカリ剤は粉末洗剤におよそ50%も含まれていました.1930年代以降は,炭酸ナトリウムやケイ酸ナトリウムのほか,リン酸ナトリウムや二リン酸ナトリウムなども使われるようになりました.

4.まとめ

現在では,水中のCa2+はアルカリ剤ではなく,主に次回紹介するキレート剤イオン交換体によって取り除かれています.


そのため,アルカリ剤の役割は洗浄液をアルカリに保つことがメインになりました*10


参考文献

『洗濯と洗剤の科学』阿部幸子,放送大学教育振興会 (1998).
『洗剤と洗浄の科学』中西茂子,コロナ社 (1995).
『図解やさしくわかる界面化学入門』前野昌弘,日刊工業新聞社 (2014).
『洗剤・洗浄百科事典』皆川基, 藤井富美子, 大矢勝,朝倉書店 (2007).
『化学洗浄の理論と実際』福﨑智司,兼松秀行,伊藤日出生,米田出版 (2011).
"ULLMANN'S Encyclopedia of Industrial Chemistry" Wiley-VCH Verlag GmbH & Co. KGaA (2002).
”Handbook of Instustrial Chemistry and Biotechnology, 13th edition" J.A. Kent, T.V. Bommaraju and S.D. Barnicki, Springer (2017).
”Ask the Historian" W.B. Jensen, Oesper Collections (2012).
"Evaporites of the Wadi Natrun: Seasonal and Annual Variation iand its Implication for Ancient Exploitation" A.J.Shortland, Archaeometry 46 297-516 (2004).
"Sodium carbonate - From natural resources to Leblanc and back" J. Wisniak, Indian Journal of Chemical Technology, 10, 99-112 (2003)
"POTASSIUM CHLORIDE FROM THE BRINE OF SEARLES LAKE" R. W. Mumford, Ind. Eng. Chem. 30, 872–878 (1938).
"Ash properties of some dominant Greek forest species" S. Liodakis, et al. Themochimica Acta 437, 158-167 (2005).
"Manufacture of Soda" Te-Pang Hou, New York (1923, 1942).

目次 - 化学と歴史のネタ帳

*1:AlやSiを考慮する場合もあります.

*2:他にも酸性白土と呼ばれる粘土,ウチワマメなどの植物の実が使われていたようです.

*3:ラムセス2世 (在位:紀元前1279-1213) の頃.

*4:メキシコでも一部産出し,スペインに征服される前は調味料に使っていたようです.

*5:フランスやイギリスでは海藻を採集しすぎると漁師の収入などに大きく影響するため,厳しく取り締まられました.

*6:植物だけでなく,灰を直接指すこともあります.

*7:スペイン継承戦争 (1701-1714),オーストリア継承戦争 (1740-1748) などで争っていました.

*8:カリウムなので,K2O・nSiO2です.

*9:松脂からつくられます.

*10:軟水の地域ではアルカリ剤の割合は徐々に減少しているようです.