化学と歴史のネタ帳

身近にひそむ化学と歴史を,高校までの知識をベースに解説する化学史系ブログです.

花火のしくみ(6):笛音

花火といえば,「ヒューーーーー......ドカーン!!!」という音も印象的です.

打ち上がるときの「ヒュー」という音は笛音,花火が開くときの「ドカーン!!!」という音は開発音と呼ばれます.


笛音は一体どのようなしくみで音が出ているのでしょうか?


しくみはわかっていないことも多いのですが,ここにまとめてみようと思います.




花火のしくみ(1):花火の燃焼
花火のしくみ(2):花火の色
花火のしくみ(3):線香花火
花火のしくみ(4):フラッシュ,スパーク
花火のしくみ(5):点滅花火
花火のしくみ(6):笛音
花火のしくみ(7):開発音,雷音,パチパチ音
花火のしくみ(8):煙
花火のしくみ(9):蛇玉の歴史
【参考】黒色火薬の歴史(1):火薬と花火

1.笛薬

花火をみる人の注意をひきつけるため,「ヒュー」と音を出す笛花火を花火玉にとりつけることがあります.

笛花火は,片方が開いた筒に3分の1ほど笛薬をつめた構造をしています.

筒の長さを変えることで,500-5000 Hzの範囲で音の高さを変えることができます.


笛薬は第一回万国博覧会(1851年)の会場であるロンドンのクリスタル・パレスでの打ち上げ花火において使われていたという報告があります*1


その笛薬は偶然から生まれました.当初「黒色火薬以外に推進剤としてつかえる火薬はないだろうか?」という疑問のもと,様々な火薬を筒につめて実験していました.そのうちの1つから思いがけず「ヒューーー!!!」と音がしたのですから,さぞびっくりしたことでしょう.


はじめに笛薬として使われたのは,KNO3ピクリン酸カリウムC6H2(NO2)3OKの組み合わせでした.しかしながらピクリン酸化合物は衝撃で爆発しやすく大変危険で,他の組みあわせが研究されてきました.


現在使われている代表的な笛薬は安息香酸カリウムC6H5COOK過塩素酸カリウムKClO4からなる組成物です.
笛薬の燃焼は,全体としては以下の化学反応式で表されると考えられています.
 \mathrm{4 C_6H_5COOK + 15 KClO_4 \longrightarrow 26 CO_2 + 10 H_2O + 15 KCl + 2K_2CO_3}

以前の笛薬に比べれば比較的安全な方ではありますが,それでも取り扱いには要注意です.


実は,笛薬はただ燃焼させるだけでは音はでません.
筒につめて燃焼させることで,はじめて音がでます.


いったいなぜでしょうか?

2.笛音のしくみ

笛音のでるしくみについては長年科学者を悩ませてきました.筒なしで笛薬を燃焼させても音は出ないので,筒が重要であることはたしかです.


Maxwell,Willson,Podlesakといった方々の研究により,どうやら笛薬の,いわば振動燃焼とも呼べる不思議な燃焼によって音が生じていることがわかってきたようです.ちょっとそのモデルをみてみましょう.


筒のなかの笛薬が燃焼すると,生成した気体により圧力波が発生します.

圧力波が筒の出口に達すると,一部が再び筒の中へと戻っていきます.

圧力波が戻ってくる前,笛薬は温度や圧力の低い,ちょっと落ち着いた状態にあります.ここではC6H5COOKの熱分解によりCH4C2H4をはじめとした可燃性のガスが生じます.一方で,KClO4の熱分解は低調です.


圧力波が笛薬に達すると,圧力や温度が一気に急上昇します.さらに,KClO4の熱分解による酸素の発生が促進されます.

そして可燃性ガスが爆発的に燃焼し,再び圧力波が生じます.

笛が繰り返し燃焼し,そのたびに発生する圧力波が筒と共鳴し,笛音が発生すると考えられています.実際にこのような振動燃焼のようすは高速カメラで確認されています.


その様子は,ちょうど管楽器の音が発生するしくみと似ています.筒が長くなると共鳴する周波数が低くなりますので,音が低くなっていくこともわかります.


このように音波と笛薬の燃焼がうまく組み合わさって,あの「ヒューーー」という笛音が生じているというのは,なんだか不思議ですね!


ちなみにMaxwellは圧力変化により笛薬が固体の状態で燃えているのだと考えていました.しかし,それではあんなに音圧が出ないだろうとWilsonらは考え,温度変化も考慮した気体の可燃性ガスの燃焼モデルにたどり着きました.

3.まとめ

爆風でちっちゃい笛が鳴ってると勘違いしていた方も多いのではないでしょうか?私も,まさかこんな複雑な燃焼をしているとは思いもしませんでした.


最近では,笛薬にチタンを加えて笛音ともに銀のしっぽができるようにしたり,より安全な笛薬の組みあわせが開発されたりしているようです.


なお,笛音のしくみについてはまだこれで確定!というわけではないようです.今後の研究に期待ですね.


次回は笛音以外の花火の音について見てみましょう.


問題

Q.
[文章] Wilsonらは笛薬の原料となるサリチル酸ナトリウムC6H4(OH)COONaと過塩素酸カリウムKClO4のそれぞれについて,加熱時の重量変化を測定した.結果,サリチル酸ナトリウムは250℃ではじめて重量が43.1%減少し,過塩素酸カリウムは600℃で46.2%減少した.のちにSpielbergらが重量減少時に発生したガスを分析したところ,サリチル酸ナトリウムからは二酸化炭素とフェノールが生じたことがわかった.

[問] サリチル酸ナトリウムの250℃における熱分解の反応式を示せ.ただし,原子量はH=1, C=12, O=16, Na=23とし,分子は示性式で示す必要はない(例えば,安息香酸はC7H6O2).



A. 与えられた原子量から,サリチル酸ナトリウムの分子量は160,フェノールは94,二酸化炭素は44である.重量減少が43.1%であること,またサリチル酸からフェノール,二酸化炭素が生じる反応を考慮すると,サリチル酸ナトリウム 2 molからフェノール1 mol,二酸化炭素1 molが生じていることがわかる.残りはサリチル酸二ナトリウムと考えられる.
よって,反応式は以下の通り.
 \mathrm{2C_7H_5O_3Na \longrightarrow C_7H_4O_3Na_2 + C_6H_6O + CO_2}


このように,サリチル酸ナトリウムのほうが過塩素酸カリウムより低温で熱分解するため,Wilsonらは低温時にはサリチル酸ナトリウムのみが,高温時には両方が分解すると考ました.
結果として,低温時には酸素が不足して燃焼しにくく,高温時には酸素が供給され燃焼しやすくなります.


参考文献

『花火の科学と技術』丁 大玉,吉田 忠雄 著,プレアデス出版 (2013).
"Chemistry of Pyrotechnics: Basic Principles and Theory" Mocella, C., Conkling, J.A. (2019).
"Chemistry of Fireworks" Russell, M.S. (2009).
"A Review of the Chemistry and Dyanmics of Pyrotechnic Whistles" Davies, M.L., Journal of Pyrotechnics, 21, 1-12 (2005).
”A Study of the Combustion Behaviour of Pyrotechnic Whistle Devices (Acoustic and Chemical Factors) Podlesak, M., Wilson, M.A., Journal of Pyrotechnics, 17, 19-33 (2013).
”Sodium Salicylate: An In-Depth Thermal and Photophysical Study" Spielberg, E.T., Chemistry, 24, 15638-15648 (2018).
Barry Sturman and David Garrioch "Amateur Science and Innovation in Fireworks in Nineteenth-Century Europe" Ambix, 70, 109-130 (2023).




目次 - 化学と歴史のネタ帳

*1:1880年代に初めて使われたとする説もあります.