化学と歴史のネタ帳

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花火のしくみ(2):花火の色

花火といったらやはり,あのカラフルな色火です.

明治時代初期に西洋から伝来した新しい花火(洋火)は,高温で燃焼し金属の炎色反応による紅・青・緑の鮮やかな色火が美しい衝撃的なものでした*1
【参考】黒色火薬の歴史(1):火薬と花火


ところで,色火が炎色反応によるものは知っていても,実際に何が配合されているかを知っている方は少ないのではないでしょうか?


今回は色火のしくみについて,みていきます.




花火のしくみ(1):花火の燃焼
花火のしくみ(2):花火の色
花火のしくみ(3):線香花火
花火のしくみ(4):フラッシュ,スパーク
花火のしくみ(5):点滅花火
花火のしくみ(6):笛音
花火のしくみ(7):開発音,雷音,パチパチ音
花火のしくみ(8):煙
花火のしくみ(9):蛇玉の歴史
【参考】黒色火薬の歴史(1):火薬と花火

1.炎色剤

炎色反応を起こす元素がふくまれている物質を炎色剤といいます.
【参考】炎(1):アルカリ金属
【参考】炎(2):アルカリ土類金属,銅


炎色剤には,下の表のような種類があります.

炎色剤
SrCO3,Sr(NO3)2,SrC2O4
Na2C2O4,Na3AlF6
Ba(NO3)2,BaCO3,BaSO4
CuO,CuCO3,Cu


これらを用いることで基本的には色火ができますが,美しい色を出すには様々な工夫が必要です


例えば炎中の反応で他の色を出す分子ができる場合,色がまざってしまいます.


ほしい色火が塩化物由来の場合,例えば炎中で塩素を放出する塩素供給剤を混合するのが有効です.炎中に塩素が供給されることで塩化物が優先的に生じるため,他の分子の影響を抑えられます.塩素供給剤にはポリ塩化ビニル塩化ゴムなどが使われます.


また,炎の温度が低いと炎色反応が不十分で炎色剤の色がきれいに出ません.そこで炎の温度を高めるためMgなどの金属粉末が混ぜられるのですが,入れすぎると白色光などの連続光が強くなって色火が白っぽくなってしまい,鮮やかさが失われます
【参考】炎(6):Mgの白色光?


これらの影響は,色火の波長帯や使用する物質の特性によってそれぞれ違うため,色火ごとに考えていく必要があります.

2.赤色火

赤色火にはSrの金属化合物が使われます.

Srの化合物は,それぞれ様々な赤色光を発します.Sr原子そのものが光るわけではないことに注意しましょう

化合物 波長
SrO 606 nm
SrCl 635 nm,672 nm
SrOH 646 nm,659 nm,683 nm

このうちSrClはきれいな赤色火を出し,その生成は塩素供給剤を用いることでコントロールできます.炎の中に塩素がないときは,SrOHのみが光りピンク色っぽくなります.炎中でのSrOの生成を防ぐため,酸素バランスを負にすることも提唱されています.


赤色火の波長帯は連続光の影響が少ないため,マグナリウム粉末などを混合し炎の温度を上げることできれいな赤色火が得られます.


配合例は以下の通りです.

原料 配合比 役割
KClO4 54% 酸化剤
MgAl 15% 可燃剤
ポリ塩化ビニル 6% 塩素供給剤
フェノールレジン 8% 可燃剤
SrCO3 12% 炎色剤
みじん粉 5% 結合剤

塩素供給剤として,ポリ塩化ビニルが使われています.Srの化合物であれば炎中では結局SrClやSrOHになるので何を使っても良いのですが,SrCO3は炎の温度を下げるため,ここではマグナリウム粉末が加えられています.


よりシンプルにSrCl2を使ったほうがかんたんでは?という意見もありそうですが,SrCl2非常に吸湿性が高いため,現実的には原料としては使われません.同様の理由で,リチウム化合物も吸湿性が高いため赤色火にはあまり使われないようです.*2

3.黄色火

黄色火にはNaの金属化合物が使われます.化合物は熱で分解し,Na原子が発光します.

金属粉末を入れ炎の温度を上昇させることで,明るい黄色光を得ることができます.一方で入れすぎると連続光により白っぽくなってしまうので注意が必要です.


配合例は以下の通りです.

原料 配合比 役割
KClO4 50% 酸化剤
MgAl 15% 可燃剤
フェノールレジン 15% 可燃剤
Na2C2O4 15% 炎色剤
みじん粉 5% 結合剤

ナトリウム化合物は吸湿性が高いことが多いのですが,ここで用いられているNa2C2O4吸湿性が低いために使用されています.しかしながら燃焼性能が低くなってしまうため,マグナリウム粉末が加えられています.

4.緑色火

緑色火にはBaの金属化合物が使われます.Ba原子ではなくBaの化合物が発光します.

きれいな緑色火を得るためには,炎中のBaCl濃度を上げる必要があります.
そのため,塩素供給剤が混合されます.炎の中に塩素が足りないとBaO由来の白色光が混ざってしまいます.


また,炎色反応の効率をあげるためマグナリウム粉末が混ぜられますが,緑色火は連続光の影響をうけやすく,またBaClは2000℃以上で分解するので入れすぎには注意です.


配合例は以下の通りです.

原料 配合比 役割
KClO4 20% 酸化剤
MgAl 16% 可燃剤
フェノールレジン 6% 可燃剤
塩化ゴム 16% 塩素供給剤
Ba(NO3)2 37% 炎色剤,酸化剤
みじん粉 5% 結合剤


5.青色火

青色火は基本4色のうち最も難しい色火です.青色火にはCuやその化合物が使われます.Cuの化合物が発光します.

炎中の銅の化合物は,以下の2種類を考慮する必要があります.

化合物 波長 備考
CuCl 400-450 nm 1200℃以上で分解
CuOH 470-580 nm


青色を得るためにはCuClを形成させる必要があるので,塩素供給剤を配合します.炎色反応による青色光を得るにはより多くの分子を熱で励起すれば良いのですが,1200℃以上だとCuClが分解してCuOHなどになってしまいます.より熱に安定なCuI由来の青色光(460 nm)を利用することもあるようです.


また,青色光の波長帯は連続光の影響を非常に受けやすいです.そのため,明るくきれいな青色火を得るためには温度制御が非常に重要となってきます.


配合例は以下の通りです.

原料 配合比 役割
KClO4 63% 酸化剤
フェノールレジン 8% 可燃剤
ポリ塩化ビニル 12% 塩素供給剤
CuO 37% 炎色剤,酸化剤
みじん粉 5% 結合剤

他の色火と違ってマグナリウム粉末が使われていないことに注意しましょう.

6.まとめ

花火の鮮やかな色は,様々な工夫のうえで生み出されていることがわかります.特に鮮やかな青色火は花火師さんの夢でもあります.


一方で,色火には高い燃焼温度が必要なため製造には大変な危険が伴います.実際,日本で色火がつくられはじめた当初は爆発事故が後を絶たなかったようです.しかし日本の花火師さんたちはそれでも諦めずに研究を重ね,「日本の花火は世界一」と呼ばれるまでになりました.


現在ではパステルカラーの花火なども見られるようになりました.花火師さんの技が光る色火がたくさん見られる,夏の花火大会が楽しみですね.


次回は線香花火のしくみについて見てみましょう.


問題

Q.次の組成A,Bの色光材からは,何色の花火がえられるか?

組成A:KIO3 56.8%,CuCO3-Cu(OH)3 27.4%,硫黄 15.8%
組成B:KClO4 66.7%,ポリ塩化ビニル 9.5%,レッドガム 4.8%,CuO 5.7%,SrCO3 8.6%,みじん粉4.7%



A.組成AからはCuI由来の青色,組成BからはCuClの青色光とSrClの赤色光が混ざった結果,紫色の花火がえられます.
組成Aは製造工程で環境汚染のおそれが少ない組成として開発されました.

参考文献

『花火の科学と技術』丁 大玉,吉田 忠雄 著,プレアデス出版 (2013).
『花火の話』清水 武夫 著,河出書房新社 (1976).
"Chemistry of Pyrotechnics: Basic Principles and Theory" Mocella, C., Conkling, J.A. (2019).



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*1:一方,それまでの花火は燃焼温度が低く, 黒体放射 によるオレンジ色の花火で,和火と呼ばれるようになりました

*2:もちろん,使われることもあります.