化学と歴史のネタ帳

身近にひそむ化学と歴史を,高校までの知識をベースに解説する化学史系ブログです.

浄水(10):パイプを腐食から守る

パイプが金属製の場合,腐食が問題となります.


現在は腐食に強い材質の水道管が多くなってきたので以前ほど心配は少ないですが,過去には腐食されやすい金属製のパイプが多くつかわれていました.


今回はパイプを題材に,腐食という現象についてみていきましょう.




浄水(1):にごりをとるには?
浄水(2):ろ過の歴史
浄水(3):ろ過や塩素による消毒
浄水(4):いろんな消毒方法
浄水(5):ガスを追い出すには?
浄水(6):活性炭・微生物の活用
浄水(7):化学の力で軟水にする
浄水(8):軟水化の歴史
浄水(9):いろんな無機物の除去
浄水(10):パイプを腐食から守る
浄水(11):フッ素で虫歯予防?
浄水(12):究極の水,超純水

1.金属製パイプの腐食

By Sillyputtyenemies - Own work, CC BY-SA 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=6498963

FeCu, Pb, Znが使われた金属製のパイプは,水道水中に溶けている酸素や消毒用に加えられた塩素などと反応して溶け出すことがあります.この現象について,酸化還元反応の知識をつかって考えてみましょう.


酸素や塩素の半反応式は以下の通りです.
 \mathrm{ O_2 + 2H_2O + 4\textit{e}^{-} \longrightarrow 4OH^{-} }
 \mathrm{ HOCl+ H^{+} + 2\textit{e}^{-} \longrightarrow Cl^{-} + H_2O }


一方で,鉄の酸化は以下のように表されます.
 \mathrm{ Fe \longrightarrow Fe^{2+} + 2\textit{e}^{-} }


よって鉄製パイプの腐食は,以上の式を組み合わせて以下のように表せます.
 \mathrm{ 2Fe + O_2 + 2H_2O \longrightarrow 2Fe^{2+} + 4OH^{-} }
 \mathrm{ Fe + HOCl+ H^{+} \longrightarrow Fe^{2+} + Cl^{-} + H_2O }


さて,実際には鉄製パイプはどんどん腐食されていくわけではなく,表面に腐食作用に抵抗する膜が生じます.このような状態を不動態といいます.


溶け出したFe2+は水中の陰イオンと反応して様々な沈殿物*1を生成します.
 \mathrm{ Fe^{2+} + CO_3^{2-} \longrightarrow FeCO_3 \downarrow }
 \mathrm{ Fe^{2+} + 2OH^{-} \longrightarrow Fe(OH)_2 \downarrow }
 \mathrm{ 4Fe^{2+} + O_2 + 8OH^{-} \longrightarrow 4FeOOH \downarrow + 2H_2O }


その表面ではさらに別の沈殿物が生成します.
 \mathrm{ 4FeCO_3 + O_2 + 2H_2O \longrightarrow 4FeOOH \downarrow+ 4CO_2 }
 \mathrm{ 6FeCO_3 + O_2 \longrightarrow 2Fe_3O_4 \downarrow +2CO_2 }

Fe2O3のようなきっちり整列した固体は生じにくいようです.

他にも,水中にはリン酸イオンPO43-硫化物イオンS2-など様々なイオンがありますので,これらのイオンと反応してFe3(PO4)2FeSなどの沈殿物を形成します.


一方で酸素が電子を放出する際,一般的な水道水の条件ではOH-が生成するのでpHが上昇します.
 \mathrm{ O_2 + 2H_2O + 4\textit{e}^{-} \longrightarrow 4OH^{-} }


すると,水中のCO3-濃度が上昇し,Ca2+炭酸塩を形成しやすくなります.炭酸カルシウムの蓄積を,とくにライムスケールと呼ぶことがあります.
 \mathrm{ OH^{-} + HCO_3^{-} \rightleftharpoons CO_3^{2-} + H_2O }
 \mathrm{ Ca^{2+} + CO_3^{-} \longrightarrow CaCO_3 \downarrow }

パイプ内面に生じたライムスケール

また水道管に浄化された水がやってくる際,すでに沈殿反応させた後ですのでSiO2Al(OH)3,MnO2が飽和状態にあります.これらの析出も考えられるでしょう.

結果として,鉄製のパイプが腐食するとその表面はいくつかの沈殿物の層が形成されていきます.図は,簡略化されたモデルの一例です.

1575年ころのディレンブルク

水道管に鉄が使われたのは1455年,ドイツのディレンブルク城だったと言われています.

Louis XIV (1638-1715)

その後1664年にはルイ14世 (Louis XIV, 1638-1715)ヴェルサイユ宮殿へ水を引く際に鉄製のパイプを使用しています.19世紀半ばには鉄製の水道管がメジャーになりました.


鉛製のパイプの場合はどうでしょうか?


パイプがまだ新しい時は腐食により鉛が溶け出します.
 \mathrm{ Pb \longrightarrow Pb^{2+} + 2\textit{e}^{-} }

溶け出した鉛は不動態化します.
 \mathrm{ 5Pb^{2+} +3PO_4^{3-} +H_2O \longrightarrow Pb_5(PO_4)_3OH + H^{+} }
 \mathrm{ 3Pb^{2+} + 2CO_3^{2-} + 2H_2O \longrightarrow Pb_3(CO_3)_2(OH)_2 + 2H^{+} }


不動態を形成すると鉛表面からの溶け出しは少なくなります.古いパイプでは,この被膜と水中のイオンとの反応が支配的となります.
 \mathrm{ 3Pb_5(PO_4)_3OH + 10CO_3^{-} + 7OH^{-} \rightleftharpoons 5Pb_3(CO_3)_2(OH)_2 + 9PO_4^{3-} }

古代ローマでは大半は水道管に石を使っていましたが,一部では鉛を使っていたようです.鉛は加工しやすく,鉄のようにライムスケールが分厚く形成されず腐食速度も遅いということでその後もよく使われていました.


しかしながら,溶出した鉛が体内に取り込まれると,タンパク質中のチオール基-SHにくっついて正常な機能を阻害し,ひどい貧血や神経障害を引き起こします.このような毒性のため,鉛はやがて使われなくなりました.


他の金属についても簡単に紹介しましょう.


Cuは比較的安定ですが,酸素濃度が高いと以下のように溶け出します.
 \mathrm{ 2Cu + O_2 + 4H^{+} \longrightarrow 2Cu^{2+} + 2H_2O }

By Torsten Bätge - Own work, CC BY-SA 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=1929467

Cuは溶けだすだけではなく,様々な化合物が析出することが知られています.

冷たい水ではCu2Oが金属表面に,その上にマラカイトCu2(OH)2CO3の層が数ヶ月かけて形成されます.
 \mathrm{ 2Cu^{+} + H_2O \longrightarrow Cu_2O + 2H^{+} }
 \mathrm{ 2Cu^{+} + CO_3^{-} + 2H_2O \longrightarrow Cu_2(OH)_2CO_3 + 2H^{+} }

pHが7以下で60℃以上の場合はマラカイトのかわりにCu4(OH)6SO4が数年かけて形成されます.
 \mathrm{ 4Cu^{2+} + 6H_2O + SO_4^{-} \longrightarrow Cu_4(OH)_6SO_4 + 6H^{+} }


Znは以下のように溶け出します.
 \mathrm{ Zn \longrightarrow Zn^{2+} + 2\textit{e}^{-} }

被膜としてZnO,Zn(OH)2,Zn5(CO3)2(OH)6がパイプ表面に形成されると,腐食が防がれます.
 \mathrm{ Zn ^{2+} + H_2O \longrightarrow ZnO + 2 H^{+} }
 \mathrm{ 5Zn^{2+} + 2CO_3^{-} + 6OH^{-} \longrightarrow Zn_5(CO_3)_2(OH)_6 }


CuやZnは真鍮など合金の材料でもあり,加工しやすく水道管の一部に使われていますが,のちに紹介するように異なる金属が接すると腐食が進みやすく,注意が必要です.

2.腐食が起きる場所

腐食はどのようなパイプ表面で起きるのでしょうか?


もちろん均一に起きることもあります.あるモデルでは別々の部位で陽極反応と陰極反応が起き,その部位が移動することで均一になると仮定しています.


また,パイプが異なる金属の組み合わせの合金で作られていた場合,異なる金属の間で局所的に電池が形成されて腐食が進みます.たとえばPbSnの合金であるはんだで接着された銅製パイプではこのような腐食が生じやすくなります.他にも,鉄製パイプに流れる水に銅イオンが多く含まれていたりしても生じます.

フリゲートHMS Alarm

異なる金属の接触による腐食は古くから知られていました.1761年,イギリス海軍フリゲートHMS Alarm西インド諸島海域での任務についていました.当時,船はフナイクイムシフジツボ*2の被害に悩まされていたため,HMS Alarmは実験的に船体を薄い銅板で覆っていました.2年後,効果を確かめるため船を点検したところ,フナクイムシなどの被害は防ぐことができましたが,船体に貼り付けるために使用していた鉄釘が腐食しており,銅板の大部分が船体からはがれかかっていました.より詳しく調べたところ,紙が挟まって直接銅板と接触していなかった鉄釘は腐食していなかったそうです.


腐食反応にかかわる様々な物質の濃度差によっても腐食が進みます.例えばpHの違いだったり,金属イオン,酸素の濃度差が腐食のきっかけとなり得ます*3.イオン化のしやすさは温度にも依存しますので,温度差も要因の一つとなります.


興味深い例では,微生物が腐食の原因となる例が挙げられます.例えば硝化菌は水中のアンモニウムイオンNH4+亜硝酸イオンNO2-や硝酸イオンNO3-に変換する際,酸素を消費してH+濃度を上昇させます.
 \mathrm{ 2NH_4^{+} + 3O_2 \longrightarrow 2NO_2^{-} + 4H^{+} +2H_2O }
 \mathrm{ NH_4^{+} +2O_2 \longrightarrow NO_3^{-} +2H^{+} + H_2O }

これにより,硝化菌のいるところだけ酸素濃度やpHが低下するので,濃度差による腐食が進みます.


他にも,Desulfovibrio desulfuricansなど嫌気性環境で有機物を分解して硫酸塩を還元する硫酸塩還元菌が腐食の原因となります.
 \mathrm{ SO_4^{2-} + 8H^{+} +8\textit{ e}^{-} \longrightarrow S^{2-} + 4H_2O }

このように,硫酸塩還元菌のはたらきによってpHが局所的に上昇するので,濃度差により腐食がすすみます.


以上のような腐食によって金属表面がダメージを受けて傷や穴が空いた場合,ここから金属が溶出しやすくなり,結果としてさらに腐食が進みやすくなります.もちろん,別の理由によって傷がついた場合も同様です.

3.腐食の防止

腐食による悪影響を防ぐには腐食しないような素材を使うのがシンプルかつ効果的ですが,それが難しい場合,いくつか腐食を防ぐ方法があります.


まずはpHです.FeやCuなどの腐食はpHが低くなるほど,つまりH+が多くなるほど促進されます.
 \mathrm{ 2Fe + O_2 + 4H^{+} \longrightarrow 2Fe^{2+} + 2H_2O }
 \mathrm{ 2Cu + O_2 + 4H^{+} \longrightarrow 2Cu^{2+} + 2H_2O }


逆にpHが高くなると様々な化合物が析出します.たとえばOH-が多くなるので,不溶性の水酸化物や酸化物が沈殿します.
 \mathrm{ Fe^{2+} + 2OH^{-} \longrightarrow Fe(OH)_2 \downarrow }
 \mathrm{ 4Fe^{2+} + O_2 + 8OH^{-} \longrightarrow 4FeOOH \downarrow + 2H_2O }
 \mathrm{ Cu^{2+}  +2OH^{-} \longrightarrow CuO + 2H_2O }


他にも,pHが高くなるとHCO3- よりもCO32-の方が多くなりますので,炭酸塩が析出しやすくなります.
 \mathrm{ 2Cu^{+} + CO_3^{-} + 2OH^{-} \longrightarrow Cu_2(OH)_2CO_3  }
 \mathrm{ 3Pb^{2+} + 2CO_3^{2-} + 2O H^{-} \longrightarrow Pb_3(CO_3)_2(OH)_2 }


水中にCa2+が含まれている場合,pHが上昇するとCaCO3が析出しやすくなります.水中に溶けきれなくなったCaCO3がパイプ内表面にうすい沈殿層を形成すると,パイプから金属イオンが流出しにくくなります.


pHを大きくしていきCaCO3が析出しはじめるpHをpHsとすると,CaCO3が析出するかどうかはLSI (Langelier Saturation Index) で表すことができます.
 \mathrm{ LSI = pH - pH_s }


LSI > 0の時,pHは CaCO3が沈殿しはじめるpHsよりも大きいので,CaCO3の沈殿による膜がパイプ表面に形成されやすくなります.一方でLSI < 0の時は,パイプの腐食が起きやすくなります.


pHsについて,ちょっと計算してみましょう.もっともシンプルに考えるとき,中心となる反応は以下の反応です.
 \mathrm{ CaCO_3 +H^{+} \rightleftharpoons Ca^{2+} + HCO_3^{-} }


この反応が平衡に達した時の平衡定数Kxを以下のように定めましょう.
 \displaystyle {\mathrm{ K_x = \frac{[Ca^{2+}] [HCO_3^{-} ] } { [H^{+} ]_s } }}

平衡に達した時の[H+]sについてpHs = -log[H+]sを定義すると,以下のようにあらわすことができます.
 \mathrm{ pH_s = log K_x -log [Ca^{2+} ]  -log [HCO_3^{-} ] }


通常の水では鉛や銅の腐食を防ぐにはpHを8.5以上にすると良いようです.また,CO32-・HCO3-のコントロールも必要です.pHとCO32-・HCO3-を同時にコントロールするため,Na2CO3NaHCO3を加えるようです.


リン酸塩の沈殿を生じさせるのも腐食を防ぐのに有効です.水中のリン酸イオン濃度が高くなると,いろんなリン酸塩が析出します.
 \mathrm{ 5Pb^{2+} +3PO_4^{3-} +H_2O \longrightarrow Pb_5(PO_4)_3OH + H^{+} }
 \mathrm{ 3Pb^{+} + 2PO_4^{-} \longrightarrow Pb_3(PO_4)_2 }


水中のリン酸イオン濃度を高くするために,リン酸水素二ナトリウムNa2HPO4ピロリン酸カリウムK4P2O7トリポリリン酸ナトリウムNa5P3O10などのリン酸塩が加えられます.


最後に紹介するのは水ガラス(ケイ酸ナトリウム)Na2O・nSiO2を加える方法です.この方法は70年以上も使われてきました.

水ガラス By jill570641 @ flickr.com - https://www.flickr.com/photos/jill47/6057800625/, CC BY-SA 2.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=101225540

水ガラスは,ケイ砂を炭酸ナトリウムとともに1000-1500℃に加熱すると得られます.
 \mathrm{ \textit{n}SiO_2 +  Na_2CO_3 \longrightarrow Na_2O \cdot \textit{n}SiO_2 + CO_2 }

nが2.00-3.22となるものがよく使われます.


水ガラスがどのようにはたらくのかについてはよくわかっていません.pHが高いと効果的ではあることはわかっています.水ガラスを加えておくと,PbやFe,Cuでできたパイプの腐食を防ぐことができるようです.

4.まとめ

現在はポリエチレンなど腐食に強い材質や,腐食に強くするための特殊なコートが活用されています.


長く使うものなので,安全なものが良いですね.


次回は水道水にフッ素を加えて虫歯を予防する,フロリデーションの仕組みと歴史を見てみましょう.

問題

Q. CaCO3が析出し始めるpHsは,別の方法でも求めることができます.CaCO3の溶解度KSO,炭酸の解離定数K2,水のイオン積Kwを以下のように定義しましょう.
 \mathrm{ \textit{K}_{SO} = [Ca^{2+} ] [ CO_3^{2-}]}
 \mathrm{ \displaystyle {\textit{K}_2 = \frac{[H^{+}][CO_3^{2-}]}{[HCO_3^{-}]} }}
 \mathrm{\textit{K}_w= [H^{+}][OH^{-}] }

(1)総アルカリ度Alkは以下のように表されます.これを[H+],[Ca2+],KSO,K2,Kwを用いて表してみましょう.
(2)(1)の式を変形すると二次方程式が得られます.導いてみましょう.




A.(1)
 \mathrm{ \displaystyle {Alk = \frac{[H^{+}]+ \textit{K}_{SO}}{\textit{K}_2[Ca^{2+}]} +2 \times \frac{\textit{K}_{SO} }{[Ca^{2+}] } + \frac{\textit{K}_w}{[H^{+}]} -[H^{+}] }}

(2)
 \mathrm{ \displaystyle {(\textit{K}_{SO}-\textit{K}_2[Ca^{2+}])[H^{+}]^2 - (2\textit{K}_2\textit{K}_{SO} - \textit{K}_2[Ca^{2+}]Alk)[H^{+}] +\textit{K}_2\textit{K}_w[Ca^{2+} ]=0}}


この方法ではpHsが2つ得られてしまいます.普通は,小さい方のpHsを用いるようです.pHが10.3-10.5よりも高いときは負の平方根の方を採用し,LSI = pHs-pHと定義し直します.ややこしいですね.


参考文献

Chemistry of Water Treatment, 2nd edition” S.D. Faust and O.M. Aly (1998).
”MWH's Water Treatment: Principles and Design, 3rd edition" J.C. Crittenden, et al. Wiley (2012).
"Water Quality and Treatment, 5th edition" R.D. Lettermen, The American Water Works Association (1999).
“Drinking Water and Health, Volume 1” National Research Council (US) Safe Drinking Water Committee (1977).
”The Quest for Pure Water" M. N. Waker, The American Water Works Association (1948).
”Corrosion for Science and Engineering, 2nd edition" K.R. Trethewey and J. Chamberlain, Longman (1995).
『都市・地域 水代謝システムの歴史と技術』丹保憲仁,鹿島出版会 (2012).


目次 - 化学と歴史のネタ帳

*1:実際にFeOOHという化合物が沈澱するわけではありませんが,便宜上こう書かせてください.

*2:スピードが落ちてしまうようです.

*3:濃淡電池をイメージするとわかりやすい?かもしれません.