これまでに炎色反応の解説をしてきましたが,そもそも炎にも色がついています.
ロウソクの炎はオレンジ色で,ガスバーナーの炎は青色です。
なぜでしょうか?
今回は,ガスバーナーの炎が青くなるしくみについて,みていきます.
炎(1):アルカリ金属
炎(2):アルカリ土類金属,銅
炎(3):炎の温度の計算?
炎(4):ガスバーナーの炎の色
炎(5):ロウソクの炎の色
炎(6):Mgの白色光?
炎(7):ロウソクのはじまり
炎(8):近代的なロウソク
炎(9):天然ガスの発見
炎(10):石炭ガス
炎(11):ガス灯の普及
炎(12):石炭から天然ガスへ
炎(13):ブンゼンバーナー
炎(14):アセチレンの登場
炎(15):アセチレン炎の利用
1.ガスバーナーの内炎
ガスバーナーの炎をよく見てみると,内側には水色の内炎が,外側には濃い青色の外炎が見えます.
実は,それぞれの場所で起きている反応はまったく違います.
内炎では,酸素がやや不足しているため完全には燃焼せず,COとH2が生じています.温度は内炎表面では1600-1700℃に達します.
化学反応式は以下の通りです.
このほかにも様々な反応が起きており,結果として内炎にはCO,H2,C2,CH,OHが含まれています.
見慣れない分子が多いですね.
最も特徴的なのはC2*1です.1802年にWollastonによって発見され,1857年にSwanによってより詳細な形で再発見された435-686 nm付近の青緑~黄緑色の光は,1928年にC2由来であることがわかりました.現在ではこの光の波長帯を,再発見者の名前からSwan帯と呼んでいます.
また,CHは431.5 nm付近の青色光を発することが知られています.OHは306.4 nmや281.1 nmの紫外光を発しますが,目には見えません.
C2やCHは直接励起された状態で生成し,光を放出する過程をとります.これをケミルミネッセンスと呼びます.
OHについては,上記反応で生じたCHと酸素の反応で生じたOHが熱で励起されて発光します.
結果として,外側の外炎の色も含め青色や緑色が混ざった結果,水色っぽい炎になるようです.
ちなみに硫黄を燃やした時も青色の炎になりますが,この場合はSOやSO3も光ります.
これもまた,ケミルミネッセンスです.
2.ガスバーナーの外炎
一方で外炎には酸素が多く含まれています.結果として,内炎で生じたCOやH2が燃焼し,CO2やH2Oになります.
分子の解離反応もあり,外炎にはCO2,H2O,OHなどが含まれます.
内炎に近い部分で最高温度 (1800-1900℃)に達したあと温度は徐々に下がり,先端付近では1400-1500℃くらいになります.
この領域ではC2由来の光は見られず,特徴的な光はOH由来の紫外光となります.*2ではメインの青色は何由来かというと,COが燃焼してCO2になる際に発する300-450 nmの青色光のようです.
結果として,外炎は濃い青色になります.
ちなみに,温度がもっと高いアセチレン-酸素炎などではOH由来の紫外光がとても強くなるため大変危険で,保護メガネ等を着用する必要があります.
ガスバーナーの炎中は分子密度がとても低いため,黒体放射で示されるような赤色~オレンジ色にはなりません.そのため,炎色反応がとても見やすくなります.
【参考】炎色反応の原理(1):アルカリ金属
【参考】炎色反応の原理(2):アルカリ土類金属,銅
3.プロパン燃焼の実際
さて,外炎と内炎にわけてプロパンガスの燃焼反応をみてきましたが,実際にはかなりたくさんの反応が複雑に連鎖して進行しています.
例えば高温環境下では熱分解反応がおきます.
これによりC2H5やCH3などのラジカルと呼ばれる,大変不安定な分子が生じます.
これまで見てきた,OHやO,Hなどもラジカルです.
炭化水素のラジカルは別の分子と反応して新たなラジカルを生じたり,
炭化水素のラジカル同士が反応して別の炭化水素分子ができたりします.
さらに,H2やCOが発生したり,
アルデヒドが生じたりもします.
この他にも数多くの反応が進行していると考えられています.このように,炎中での反応はとても複雑で,まだわかっていないことも多いようです.
4.まとめ
ガスバーナーの青い炎が炎中の分子の励起によるものであること,また実際のプロパン燃焼はかなり複雑であることをみてきました.何気ないところにも複雑な化学が隠れているものですね.
いわゆる実験用のガスバーナーはドイツの化学者ブンゼンが19世紀に開発しました.安定した高温かつ透明な炎により,炎色反応がより見やすくなり,RbやCsといった新元素の発見につながりました.
【参考】炎(13):ブンゼンバーナー
次回はロウソクのオレンジ色の炎についてみていきます.
参考文献
『燃焼現象の基礎』新岡 嵩,河野 通方,佐藤 順一 編著,オーム社(2001).
"Flame Spectroscopy" Mavrodineanu, R. and Boiteux, H. (1965).
"The Spectroscopy of Flames" Gaydon, A.G. (1974).
"Flames: Their Structure Radiation and Temperature" Gaydon, A.G., Wolfhard, H.G. (1979).
"Chemical Kinetic Reaction Mechanism for the Combustion of Propane" Jachimowski, C.J., Combustion and Flame, 55, 213-224 (1984).
B. Lewis and G. von Elbe, "Stability and Structure of Burner Flames” J. Chem. Phys. 11, 75-97 (1943)
A.G. Gaydon and G. Whittingham “The spectra of flames containing oxides of sulphur” Proceedings of the Royal Society A, 189, 313-325 (1947).
H. Selim, et al. “Experimental examination of flame chemistry in hydrogen sulfide-based flames” Applied Energy, 88, 2601-2611 (2011).
*1:この不思議な分子は永らく謎に包まれたままでしたが,2020年になって東京大学のグループが合成に成功し,四重結合性をもつことなど詳細な性質が判明しました. 共同発表:世界初 室温における炭素二原子分子(C2)の化学合成~新たな化学結合論と宇宙における炭素資源の起源~